◎言霊ム❶
空(ムナシ)。是は、ムは無の音なる故に、ムナシと云。語意は、ムは睦こと。ナはナキ、ナクと用(はたら)きて、睦むことナシという語也。是、所謂(いはゆる)老子の虚無也。道を道とし、名を名とするときは、是睦(ムツム)の教なり。夫に違ふて、道を道とせす、名を名とせされは、虚無にして、睦(ムツム)ことなきの教なり。譬は、剣(ツルキ)有か故に、人を殺害す。財宝有か故に、貧人出る。道有か故に、無道あり。名有か故に、無名の人あり。道なく、名無きときは、善人 悪人なし、と教ゆるときは、虚無の見の一遍にして、唯(ただ)いたつら者と云、空(ムナシ)き者出る。此見識は、道あり、名ありて睦む故に、自他の道を道とせす、名を名とせす、自も無く、他も無く、唯(ただ)自然に住するを、老子虚無の教と云。道に睦(ムツム)こと無く、名に睦(ムツムむこと無きが故に、是を虚無とも又(また)空(ムナシ)とも云。今、神代の学ひは、ムは、水、火中に凝り睦み究りて、形を隠して、外に睦(ムツム)の一無き故に、今空(ムナシ)きなりとも。是は、彼の虚無の空(むなし)き義には非。形無き、本来虚無の空(ムナシ)には非。既に、カ行サ行と形顕せる火水は、有なり。このマ行のムは、火中の水にして、タ行の火、水中に與み睦みて、形隠すのムなり。故に、空(ムナシ)き也とは云とも、本来の火水空(ムナシ)き訳に非。形顕すの火水有にも非。故に、ア(〇)は五十音、火水のいきの惣名にして、無にして有なりと有て、今神代の学ひは有に非、無に非。しかも、有也と教ゆる処の、理(ことはり)の正しきこと知るへし。
空(ムナシ)。是は、ムは無の音なる故に、ムナシと云。語意は、ムは睦こと。ナはナキ、ナクと用(はたら)きて、睦むことナシという語也。是、所謂(いはゆる)老子の虚無也。道を道とし、名を名とするときは、是睦(ムツム)の教なり。夫に違ふて、道を道とせす、名を名とせされは、虚無にして、睦(ムツム)ことなきの教なり。譬は、剣(ツルキ)有か故に、人を殺害す。財宝有か故に、貧人出る。道有か故に、無道あり。名有か故に、無名の人あり。道なく、名無きときは、善人 悪人なし、と教ゆるときは、虚無の見の一遍にして、唯(ただ)いたつら者と云、空(ムナシ)き者出る。此見識は、道あり、名ありて睦む故に、自他の道を道とせす、名を名とせす、自も無く、他も無く、唯(ただ)自然に住するを、老子虚無の教と云。道に睦(ムツム)こと無く、名に睦(ムツムむこと無きが故に、是を虚無とも又(また)空(ムナシ)とも云。今、神代の学ひは、ムは、水、火中に凝り睦み究りて、形を隠して、外に睦(ムツム)の一無き故に、今空(ムナシ)きなりとも。是は、彼の虚無の空(むなし)き義には非。形無き、本来虚無の空(ムナシ)には非。既に、カ行サ行と形顕せる火水は、有なり。このマ行のムは、火中の水にして、タ行の火、水中に與み睦みて、形隠すのムなり。故に、空(ムナシ)き也とは云とも、本来の火水空(ムナシ)き訳に非。形顕すの火水有にも非。故に、ア(〇)は五十音、火水のいきの惣名にして、無にして有なりと有て、今神代の学ひは有に非、無に非。しかも、有也と教ゆる処の、理(ことはり)の正しきこと知るへし。
(山口志道「言霊秘書」p.511-512)















































































