言霊ナ❾
無は、ナキ、ナクと用(はたら)きて、ナは火。水は時有て、形顕して目に見ゆれとも、和の理は氣にして見へす。たとへは、土偶人の如し。土の凝なれとも、土凝て人の形となるは見ゆれとも、其凝は氣にして見えす。今、水火の和したる形、本来火水の氣の和(やはらぎ)は見へす。本来、火水の凝の理(ことはり)は見えす。今、此ナの音は、火水の和らく形を云には非。火水の氣の和くをナと云。即、無の義にして、氣の双(なら)ふこと。其氣の並(なら)ふは、氣有て形なし。目に見えさることの音のゆへに、惣て目に見えす、形顕れぬを無(ナキ)と云。即、ナ也。しかれとも、見えさる氣も、並ふ理も、是は無にして有なり。如(も)し、其理を尽すときは、重々無尽にして不可解。何れ、有とも、無(なし)とも定め難し。しかれとも、今は和くの理ありて、其形無くして、見えさるの一反より、ナの音に無(ナキ、ナク)也とある。
(山口志道「言霊秘書」p.446)
◎言霊ム❶
無(ナキ)は、ナは凝(コル)こと。キは暉く火の灵なり。水、火の中に凝ると云こと。マ行は、惣て火中の水灵にして、水の火に凝るの一行なり。其一行の中にても、此一音は中言に在て、余の四音に替て勝るゝ。水、火中に與み凝れは、火の為に水消為す。たとへは、鼎(かなえ)に水を入て火をたけは、竟(つひ)に水は火の為に消散す。是を無(ナキ)と云。又、火も水中に與み凝れは、火の形を隠す。是、氣の凝(こる)故(ゆゑ)なり。惣て氣こり、これは其形を隠す。是を無(ナキ)と云。今、ムの音は、火中の水の凝り究るの音の故に、ムは無き也と有。則、ナと云ナの一言にて、無(ム)の語に用ると知へし。是、與堨るのナの音なるか故なり。是、無の字にナキと訓するは、和漢の灵合なり。
(山口志道「言霊秘書」p.510-511)

無は、ナキ、ナクと用(はたら)きて、ナは火。水は時有て、形顕して目に見ゆれとも、和の理は氣にして見へす。たとへは、土偶人の如し。土の凝なれとも、土凝て人の形となるは見ゆれとも、其凝は氣にして見えす。今、水火の和したる形、本来火水の氣の和(やはらぎ)は見へす。本来、火水の凝の理(ことはり)は見えす。今、此ナの音は、火水の和らく形を云には非。火水の氣の和くをナと云。即、無の義にして、氣の双(なら)ふこと。其氣の並(なら)ふは、氣有て形なし。目に見えさることの音のゆへに、惣て目に見えす、形顕れぬを無(ナキ)と云。即、ナ也。しかれとも、見えさる氣も、並ふ理も、是は無にして有なり。如(も)し、其理を尽すときは、重々無尽にして不可解。何れ、有とも、無(なし)とも定め難し。しかれとも、今は和くの理ありて、其形無くして、見えさるの一反より、ナの音に無(ナキ、ナク)也とある。
(山口志道「言霊秘書」p.446)
◎言霊ム❶
無(ナキ)は、ナは凝(コル)こと。キは暉く火の灵なり。水、火の中に凝ると云こと。マ行は、惣て火中の水灵にして、水の火に凝るの一行なり。其一行の中にても、此一音は中言に在て、余の四音に替て勝るゝ。水、火中に與み凝れは、火の為に水消為す。たとへは、鼎(かなえ)に水を入て火をたけは、竟(つひ)に水は火の為に消散す。是を無(ナキ)と云。又、火も水中に與み凝れは、火の形を隠す。是、氣の凝(こる)故(ゆゑ)なり。惣て氣こり、これは其形を隠す。是を無(ナキ)と云。今、ムの音は、火中の水の凝り究るの音の故に、ムは無き也と有。則、ナと云ナの一言にて、無(ム)の語に用ると知へし。是、與堨るのナの音なるか故なり。是、無の字にナキと訓するは、和漢の灵合なり。
(山口志道「言霊秘書」p.510-511)



















































































