◎言霊フ❸
含(フクム)とは、いよいよ水火くみくみて太る也。
◎言霊フ❹
太(フトル)とは、含(フクム)の義と同やうなれとも、フクムと云ときは、フクミ、フクムと用(はたらき)て、水火くみくむ方の理(ことはり)を取る。又、太(フトル)と云ときは、トは処(ところ)の義にて、其形を宰り、又(また)花の莟(つぼみ)を含(フクム)と云ときは、妙なる花の、莟(つぼみ)の形の大きになること也。開(ヒラク)へき理(ことはり)を開かさる先に、フクムことなり。かくの如(ごとく)、其詞の宰る処(トコロ)を云。又、莟(つぼみ)太(フトル)ときは、莟(つぼみ)の形の大きになること也。かくの如(ごとく)、其詞の宰る処(トコロ)を云。別のやうなれとも、火水の二(フタツ)を吹(フキ)分んとするときのこと故、含(フクム)も太(フトル)も躰は一つなり。故に、フクムと云も、太(フトル)と云も、フの一音に止る。
(山口志道「言霊秘書」p.399)

記事更新日:2026/04/23含(フクム)とは、いよいよ水火くみくみて太る也。
◎言霊フ❹
太(フトル)とは、含(フクム)の義と同やうなれとも、フクムと云ときは、フクミ、フクムと用(はたらき)て、水火くみくむ方の理(ことはり)を取る。又、太(フトル)と云ときは、トは処(ところ)の義にて、其形を宰り、又(また)花の莟(つぼみ)を含(フクム)と云ときは、妙なる花の、莟(つぼみ)の形の大きになること也。開(ヒラク)へき理(ことはり)を開かさる先に、フクムことなり。かくの如(ごとく)、其詞の宰る処(トコロ)を云。又、莟(つぼみ)太(フトル)ときは、莟(つぼみ)の形の大きになること也。かくの如(ごとく)、其詞の宰る処(トコロ)を云。別のやうなれとも、火水の二(フタツ)を吹(フキ)分んとするときのこと故、含(フクム)も太(フトル)も躰は一つなり。故に、フクムと云も、太(フトル)と云も、フの一音に止る。
(山口志道「言霊秘書」p.399)















































































