◎言霊コ❻
処(トコロ)とは、與み凝り堨ることにして、外へ移らす凝ること也。故に、文字を仮るにも、今処の字と、御所なとの所の字と、扱ひか違ふなり。所の字は、方所連続して、あて所のこと。此当り、爰(ここ)の当り、と云ことになる。今此処と云。仮字の扱は、住む処と連続して外へ移らす、しかと定めたるときにつかふ語故に、今住処の字を仮り用ひて、処なりと有。これ凝り堨るの音の故に、此音に処なりと有。
処(トコロ)とは、與み凝り堨ることにして、外へ移らす凝ること也。故に、文字を仮るにも、今処の字と、御所なとの所の字と、扱ひか違ふなり。所の字は、方所連続して、あて所のこと。此当り、爰(ここ)の当り、と云ことになる。今此処と云。仮字の扱は、住む処と連続して外へ移らす、しかと定めたるときにつかふ語故に、今住処の字を仮り用ひて、処なりと有。これ凝り堨るの音の故に、此音に処なりと有。
(山口志道「言霊秘書」p.454)
◎言霊ソ⓫
所(トコロ)。ソの音は、火水の灵にして、水の動きて形をなすもの。其水中に火の與故也。其故に、今所なりとあるトコロとは、水火與み凝り堨ることなり。しかるに、こゝに心得あり。同し水火の與み凝り堨るなれとも、コの音の水火の凝りは、火、水中に與み凝りて動ざること。ソの音の火水の凝りと云は、胎内に凝りてあれとも、表に見へず。表は只(ただ)、昇水の灵にして、水の用(はたらき)ばかり。火は胎中に隠れて、水を宰る。同し火水の凝ることなれとも、コの音は凝りて動かざる義より、処(トコロ)と云(いふ)法則出る故に、仮字するにも、住処の処字を借る。今、ソの音は、火、水中に凝れとも、火は見えす。水の用(はたらき)ばかりに故に、トコロと云(いふ)法則有て、方所の所の字を借る。当て所とする位(くらひ)の時は、火水の凝ると云より外なし。
(山口志道「言霊秘書」p.461)
◎言霊ソ⓫
所(トコロ)。ソの音は、火水の灵にして、水の動きて形をなすもの。其水中に火の與故也。其故に、今所なりとあるトコロとは、水火與み凝り堨ることなり。しかるに、こゝに心得あり。同し水火の與み凝り堨るなれとも、コの音の水火の凝りは、火、水中に與み凝りて動ざること。ソの音の火水の凝りと云は、胎内に凝りてあれとも、表に見へず。表は只(ただ)、昇水の灵にして、水の用(はたらき)ばかり。火は胎中に隠れて、水を宰る。同し火水の凝ることなれとも、コの音は凝りて動かざる義より、処(トコロ)と云(いふ)法則出る故に、仮字するにも、住処の処字を借る。今、ソの音は、火、水中に凝れとも、火は見えす。水の用(はたらき)ばかりに故に、トコロと云(いふ)法則有て、方所の所の字を借る。当て所とする位(くらひ)の時は、火水の凝ると云より外なし。
(山口志道「言霊秘書」p.461)
◎言霊ト⓬
所(トコロ)とは、與み褐むと云語にして、動かす、そこに止るを、トコロと云。今、此トの音は、水中に火與みて、與み褐る故に、所(トコロ)也と有。上来、タ行は、統(すべ)て水中の火灵にして、一より百千に及ふ父の灵なり。サ行は、昇水の灵にして、背(うし)ろを宰りて母の灵也。故に、育つの義をなす。上のシの音に、育つ也と有。今、タ行は前を宰りて、父の灵なり。故に、一物のヽ(ホチ)、種(タネ)を宰りて、百千の数をなす。是、父の灵なるか故に、梵語に父をタヽと云。皇国にては、父と云。又、ツヽと云。又、テヽと云。又、トヽと云。タ行は、皆父の灵也。皆父の灵也。故に、一より百千に及ふの義をなす。天竺と皇国と共に、音の国なるゆへに、同し天地のうちなれは、自然と灵合有と知るへし。
(山口志道「言霊秘書」p.504-505)



















































































