人も亦(また)然り。胎中の胞衣に寒暖ありて、其寒暖の胞衣か首を手足の肢に出す。五躰のエタ(肢)に、上下左右の差別出来る。此右は水の氣故に、胞衣の寒なる所より出る。左(ひだ)りは火の氣故に、胞衣の暖なる所より出る。右は水にして、昇るもの故つかひ易(やす)し。左は火にして、重く降る故につかひ難し。此道理を以(もて)、肢の前後、頭尾の上下、手足の左右、皆是(みなこれ)胞衣の寒暖より差別するなり。其差別はあれとも、皆一つのエの胞衣の灵故に、五躰の肢を惣(すべ)てエと云なり。
(山口志道「言霊秘書」p.396)

万物一滴の胞衣の、ふとりふとりて昇らんとするは、是ア行のウ也。一粒の籾より芽さして生するは、此浮昇るの※(図形)、水氣(右)のア行のウなり。又、後に降らんとするは、即ち渦巻降る、火垂(左)のワ行のウなり。
(山口志道「言霊秘書」p.401-402)







記事投稿日:2024/12/11