言霊※ワ行のウ
の音は黒(クロキ)也。此言に神秘(又にくし)あれとも、暉く火のの音、下に至て解へし。
(山口志道「言霊秘書」p.402)


言霊
黒(クロキ)也。は火水の灵にして、正中(まなか)に位し、火水の根()に舫ひて、文(あや)分らぬこと。時に合はすれは、夜の八つ時なり。故に、黒(クロキ)也。クロは與こと。(かたまる)ことにして、與みまりて、文(あや)分らぬこと。染物の黒と云も、藍の與みて、舫ひ極たる色也。是をクロと云は、委しくは、下(しも)のの条下にて知るへし。しかれは、今のは、火水の正中に與舫ひて、文分らぬを黒き也とある。是を、バ玉と云は、は文分らぬこと也。こゝに不審のあるは、火水與み舫ひ、文分らぬことならは、何そ黒きと云や。答て曰。クロは水なり。然れは、水になりて火の形なし。火の形なけれは、火水の與とはいはれす。又問。水火與たる形見ゆるならは、文分れて、くみ極るとは云れす。其文分らぬ黒きは、又水の影にあらすやと云に、曰、黒きは水なりといへとも、火を與の水にして、水の一辺に非す。男女の交りは、火水の極りなれとも、其くむ極りに至れは、男の火は女の水中に形を隠して見えぬか如し。そこて、は玉の黒き也。
(山口志道「言霊秘書」p.440-441)

時刻


◎言霊
暗(クラキ)也。バ灵の闇なとゝつゝくは、此故也。
(山口志道「言霊秘書」p.441)


◎言霊
は黒(クロ)也。の音に解くを待へし。
(山口志道「言霊秘書」p.467)


◎言霊
は黒(クロ)也。の音に解くを待へし。
(山口志道「言霊秘書」p.470)


◎言霊
の音に、暉火灵とありて、何そ黒きと云也。解して曰。クロキと云語はクロキクロシなとゝと用(はたらき)て、は與(クム)こと。カタマル)こと。與みることを、惣(すべ)てクロと云。故に、吾仏性の相の上にては、青黄赤白の四は、顕色と云を、黒色の一は省く。其故は、黒色の一つは、四色の外に有ものに非。赤色與みれは、其れを黒(クロ)と云。黄色與みれは、是も亦黒(クロ)と云。青白の二色も亦然り。何れの物にても、與みるを、黒(クロ)と云と知へし。例せは、色の黒き人も、黒色の人に限らす。面の色の赤きの深(ふかき)を、黒と云。或、クロフト(黒人)抔(など)と云も、其業に與み褐りたるを云。シロフト(白人)は、其裏也。此クロとは、黒色の深きことばかりに非す。一切の物、與みりたるを、総てクロと云。今、の音は、暉く火の灵にして明らかなるを、クロキ也、クラキ也なとゝ有。法則(のり)を知らさる人は、知り難きことなれとも、火の暉く用をなすは、火凝りてるの最上也。石中より火の出るも、余に合せて凝故に、暉き出る。顕云。此説取に足らす。秋になり、陽の氣、陰中に褐るか故に、かゝやく。是を、稲妻と云。如此、火はこり凝るか故に、暉くの用(はたらき)をなす。今、クロとは、物に與みるの理(ことはり)なるか故に、暉く火灵のの音に、クロキ也と有也と思ふて知へし。
(山口志道「言霊秘書」p.475-476)


◎言霊
黒(クロ)也。語を解かは、の音の下に解か如し。一物のホチ)、與(クミカタマル)物を、クロキと云。是、火中に水與(クミカタマル)故に、黒(クロ)也と有。偖(さて)、爰(ここ)に不審の有は、の音は、火中に水與(クム)の音なり。しかるに、無()也、空(ムナシ)也、黒(クロキ)也と有ときは、聞えかたきやうなれとも、上に解如く、ナキの名()はコルこと。は、暉(カカヤク)火の灵にして、氣(イキ)なり。イキの凝(コル)と云こと也。又、空(ムナシ)きと云は、睦むこと。は無きのこと。暗(クラキ)という云語は、クラシクラキと用(はたらき)て、は與(クム)こと。は省け。水火の與義をなす。しかれは、無きと云も、空きと云も、少しの違ひは有れとも、是みな與むの義也。しかるに今、世に消失たることをナシと云。其を、暗きと云は如何。此の音は、火中に水與(クム)の音にして、火中に水與むときは、即(すなはち)消失(ウシナヘル)也。先に解か如く、鼎(かなえ)の水の火の為に、きえうせるか如し。惣て、万物與み究るとき、消失せるもの也。一粒の米も、天地のいきの凝なれとも、凝り究れは、水氣放れて、かれかれになり、消失(キエウスル)也。花も、陽の火に凝()らされて開くも、凝り究れは、散失(キエウセル)也。春来春去、朝あれは夕部あり。人も齢ひ究れは、終に消へ失せて、無き灵となるなり。是、盛者必衰の理(ことはり)なり。惣て、天地搦み、物に與み、竟(つひ)に放るゝの法則、自然の理(ことはり)ゆゑに、その自然の理(ことはり)を、天地水火を以(もて)教ゆるの皇国ゆゑに、文を綴るにも、此心を放れさるか皇国の風と知るへし。貫之等の古今撰集も、延喜帝の尊慮を其儘受て、撰集せし物故に、其古今一部は、始め有は必(かならず)終るの、盛者必衰の理(ことはり)を尽すか、撰集の大意也。始め、四季の部より年賀に至るまて、盛なることを知(しら)しめ、春は花咲、夏は郭公、秋は月、冬は雪を弄し、千代万代迄も、如斯有んと祝ひこめしは、年賀の部まで也。其より、離別の部を出し、此部より必衰の理(ことはり)を知しむ。其より、夫婦妹背の愛情を尽して、愛情の一部を立てて、竟(つひ)に死することを教へて、以(もつて)巻軸を収む。是、年賀迄の五部は、盛者の相を示し、其より雑哥に至るまで、必衰の理(ことはり)を知(しら)しめ、恋の一部は、人の意(こころ)の動くもの故、別して其義を明し、初め、文目も分ぬ恋もする哉と、初恋の哥を挙て、其より草々の妻乞歌を撰ひて、恋の終巻軸に至りて、妹背の山の中に落るの哥を以て、千代とも契りし妹背の中も、月重り年積れは竟(つひ)に別るゝ。これ、会者定離の相を示すの法則也。其外、源氏、伊勢物語等、種々の書に至るまても、盛者必衰会者定離の心を綴らさるはなし。是れは、皇国の書の亀鑑、是(これ)則(すなはち)天地陰陽の離合(くみはなれ)の理(ことはり)也。布斗麻邇のト(ウラヘ)こと、稲荷の古伝も、陰陽の離合(くみはなれ)より外なし。会者遂にハナルゝ故に、今の音は、睦むの義にして、火中の水灵なり。其睦み究れは、竟に形隠して、無()に至る。是を空(ムナシ)き也と云。是を、イキの終りと云。故に、の形顕せし、火水の與み究りて、其形を本源に隠して、黒き也と有。
(山口志道「言霊秘書」p.513-515)


五色の龍

 
記事更新日:2026/07/27