◎言霊ソ❸
揃(ソロフ)と云は、左右有(ある)語にして、此ソの音は、火、水中に降りて火垂(左)をなし、水は昇水にして水氣(右)なり。其形を見て知へし。此火垂と水氣と有故に、ソの音に揃(ソロフ)也と有。水は水氣にして昇り、火は火垂にして降るへきもの。此左右あるにあらされは、揃(ソロフ)とは云れす。主は左(火垂)にして、能(よく)臣の水に入て動かす。臣は君の火の為に動かされて動く故に、君は舩(ふね)、臣は水と云。夫(ヲツト)は左(火垂)にして、妻の水に入て動かす。妻は夫の火の為に動て働く。是、左右ありて揃(ソロフ)と云(いふ)物也。もし、君の火動いて、臣の水動かさるときは、君臣の道違ふて失ふ。夫(ヲツト)の火動きて、妻の水動かさるときは、夫婦の道欠けて、右左の理を失ふ。しかる時は、国家治らず。是を揃はぬ(ソロハヌ)と云。惣(すべ)て、火は動さるもの、水は動流るゝもの、是天地開闢の法則なり。若(も)し、火の動くときは、必ず損失あり。もし、水動き流れさるときは、無益也。火、水に垂りて動かし、水は火の為に動き昇る。是を右左揃(ソロフ)と云なり。ソの音は、火水の灵にして、火、水中に降りて形を隠して動かす。水は昇る水にして、動きて形を顕すのソの音故に、揃ふ(ソロフ)也とある。
揃(ソロフ)と云は、左右有(ある)語にして、此ソの音は、火、水中に降りて火垂(左)をなし、水は昇水にして水氣(右)なり。其形を見て知へし。此火垂と水氣と有故に、ソの音に揃(ソロフ)也と有。水は水氣にして昇り、火は火垂にして降るへきもの。此左右あるにあらされは、揃(ソロフ)とは云れす。主は左(火垂)にして、能(よく)臣の水に入て動かす。臣は君の火の為に動かされて動く故に、君は舩(ふね)、臣は水と云。夫(ヲツト)は左(火垂)にして、妻の水に入て動かす。妻は夫の火の為に動て働く。是、左右ありて揃(ソロフ)と云(いふ)物也。もし、君の火動いて、臣の水動かさるときは、君臣の道違ふて失ふ。夫(ヲツト)の火動きて、妻の水動かさるときは、夫婦の道欠けて、右左の理を失ふ。しかる時は、国家治らず。是を揃はぬ(ソロハヌ)と云。惣(すべ)て、火は動さるもの、水は動流るゝもの、是天地開闢の法則なり。若(も)し、火の動くときは、必ず損失あり。もし、水動き流れさるときは、無益也。火、水に垂りて動かし、水は火の為に動き昇る。是を右左揃(ソロフ)と云なり。ソの音は、火水の灵にして、火、水中に降りて形を隠して動かす。水は昇る水にして、動きて形を顕すのソの音故に、揃ふ(ソロフ)也とある。
(山口志道「言霊秘書」p.456-457)
◎言霊テ❶
テの音は、火水の灵にして、右(みき)左(ひたり)を備ふ。ミキとは水の氣と云こと。ヒタリとは火の垂るゝこと。此火水の二つ有物を、テと云。今、人の手と云も、ミキ(右)ヒタリ(左)有故に、付し名なり。尤、本語はウテ也。ウは起言にして省、たゞテと云。惣て、右左有物は、足も皆(みな)手なり。上のアイウエのエの処にて、解か如し。然れとも、勝れたるに名を負すか国風なり。兎も角も、此右左(みき・ひだ)り有物は、惣てテと云。故に、此テの音を扱にも、右に有て左(ひだ)りへ反り、左に有て右に反り、左右共に用(はたら)きをなす。或は、有りと云て無きに反る。或は、語の中間に居て、上を奉て下を起し、又下の留に居て、上の語に反る。新古今の哥に、逢坂の関に流るゝ岩清水いはて心に思ひこそすれ、と。此イハテのテは、有ることを無きに反る辞にて、いはす心に思ひこそすれと云格になる也。又、古今集に、古へになを立帰る心哉恋しきことに物わすれせで。此セテのテは、下の留に在て、上の句に反る格也。君を恋しきことに、忘するゝこともなくて、昔逢し心地からすると、物忘れせて、古へになを立反ると云心也。如レ是、上の語を奉て、下を起し、下に在を上に反る。有ると云て、無きに反るの格をなす。是、テの音に、右左有か故也。故に、今テの音に、右左と有。
(山口志道「言霊秘書」p.499-500)
◎言霊テ❻
児の灵也。父母の水氣、火垂あるか故に、物こと育つ。故に、テに児の灵有也。如レ是、惣(すべ)て右左有ものは、皆テ也。天地の中に、万物右左なき物なし。其右左有は、手(テ)に有らさるものなし。天子の四隅を、左青龍、右白虎、前朱雀、後玄武と右左有(あり)。又(また)、軍事にも、追手、搦手の左右備はる。碁将棋等にも、右左の備あるときは堅固也。其れを、手(テ)と云。然れとも、右左乱れて、全(まつ)たからざるをテの無きと云。又、手習(テナラヒ)と云も、右左に幷(なら)ふこと。今は父にならび、母にならふ故に、児と云。父の火垂にならはす、母の水氣に並はさるときは、テ非(あらざる)故(ゆゑ)に、児にも非す。人の児としては、能(よく)父母に幷(なら)ふへし。父母の水氣、火垂に幷(なら)はさる時は、譬へ肉身を分つとも、児にはあらす。能(よく)父母の右左に幷(なら)ふテの謂(いひ)あるか故に、児と云。故に、火水の灵のテの音は、則水氣、火垂なるか故に、児の灵也とある。今、テの音は一つにして、水氣、火垂ありて、合せて百千の数をなす。所謂(いはゆる)孝は、百行の本と云か如と知へし。
(山口志道「言霊秘書」p.501-502)

(山口志道「言霊秘書」p.499-500)
◎言霊テ❻
児の灵也。父母の水氣、火垂あるか故に、物こと育つ。故に、テに児の灵有也。如レ是、惣(すべ)て右左有ものは、皆テ也。天地の中に、万物右左なき物なし。其右左有は、手(テ)に有らさるものなし。天子の四隅を、左青龍、右白虎、前朱雀、後玄武と右左有(あり)。又(また)、軍事にも、追手、搦手の左右備はる。碁将棋等にも、右左の備あるときは堅固也。其れを、手(テ)と云。然れとも、右左乱れて、全(まつ)たからざるをテの無きと云。又、手習(テナラヒ)と云も、右左に幷(なら)ふこと。今は父にならび、母にならふ故に、児と云。父の火垂にならはす、母の水氣に並はさるときは、テ非(あらざる)故(ゆゑ)に、児にも非す。人の児としては、能(よく)父母に幷(なら)ふへし。父母の水氣、火垂に幷(なら)はさる時は、譬へ肉身を分つとも、児にはあらす。能(よく)父母の右左に幷(なら)ふテの謂(いひ)あるか故に、児と云。故に、火水の灵のテの音は、則水氣、火垂なるか故に、児の灵也とある。今、テの音は一つにして、水氣、火垂ありて、合せて百千の数をなす。所謂(いはゆる)孝は、百行の本と云か如と知へし。
(山口志道「言霊秘書」p.501-502)

空海は右手に五鈷杵(ごこしょ)、左手に数珠を持っている。

記事更新日:2026/08/25


















































































