1.聖ヨハネの賛歌について
グレゴリオ聖歌「聖ヨハネの賛歌」(Ut queant laxis)は、音楽で使う「ドレミファソラシ」という階名の由来となったことで知られている中世の聖歌です。

2.聖ヨハネの賛歌のテキストについて
グレゴリオ聖歌「聖ヨハネの賛歌」のテキスト(祈祷文)は、ベネディクト会の修道士パウルス・ディアコヌス(Paulus Diacunus, 720頃~799)の作とされていて、ラテン語によるサッフォー風スタンザ形式(11音節の詩行が3つと、最後が5音節)になっています。
Ut queant laxis Resonare fibris(11音節)
Mira gestorum Famuli tuorum(11音節)
Solve Polluti Labii reatum(11音節)
Sancte Iohannes(3節)
あなたの僕(しもべ)たちが 喉を大きく開いて
あなたの偉業である奇跡を 響き渡らせることができるように
私たちの穢れた唇から 罪を祓い清めてください
聖ヨハネよ
3.階名「ドレミファソラシ」の誕生
この聖歌の各行につけられた旋律の開始音に注目すると、1音ずつ順に上がっていることがわかります。このそれぞれのフレーズの開始音につけられている歌詞の音節(音節の頭の部分)を取って、Ut, Re, Mi, Fa Sol, La という階名が生まれました。
音階の7番目の音には「聖ヨハネ」を意味する Sancte Iohannes の Si が当てはめられました。しかし、音階の最初の音が Ut では発音がしにくいという理由から、主(=神)を意味する Dominus(ドミヌス)の Do(ド)に変えられました。これが「ドレミファソラシ」という階名の由来となりました。
Ut queant laxis⇒「Do」⇒「ド」
Resonare fibris⇒「レ」
Mira gestorum⇒「ミ」
Famuli tuorum⇒「ファ」
Solve Polluti⇒「ソ」
Labii reatum⇒「ラ」
Sancte Iohannes⇒「シ」

4.聖ヨハネについて
新約聖書には、二人の聖ヨハネが登場します。一人はイエスに洗礼を施した洗礼者ヨハネ(John the Baptist)で、もう一人はイエスの12人の弟子の一人であった使徒ヨハネ(John the Evangelist)です。グレゴリオ聖歌「聖ヨハネの賛歌」のテキストを見ると、「私たちの穢れた唇から、罪を祓い清めてください」とあることから、この聖歌で歌われている聖ヨハネとは洗礼者ヨハネであることがわかります。
グレゴリオ聖歌「聖ヨハネの賛歌」(Ut queant laxis)は、音楽で使う「ドレミファソラシ」という階名の由来となったことで知られている中世の聖歌です。
聖ヨハネの賛歌

グレゴリオ聖歌「聖ヨハネの賛歌」のテキスト(祈祷文)は、ベネディクト会の修道士パウルス・ディアコヌス(Paulus Diacunus, 720頃~799)の作とされていて、ラテン語によるサッフォー風スタンザ形式(11音節の詩行が3つと、最後が5音節)になっています。
Ut queant laxis Resonare fibris(11音節)
Mira gestorum Famuli tuorum(11音節)
Solve Polluti Labii reatum(11音節)
Sancte Iohannes(3節)
あなたの僕(しもべ)たちが 喉を大きく開いて
あなたの偉業である奇跡を 響き渡らせることができるように
私たちの穢れた唇から 罪を祓い清めてください
聖ヨハネよ
3.階名「ドレミファソラシ」の誕生
この聖歌の各行につけられた旋律の開始音に注目すると、1音ずつ順に上がっていることがわかります。このそれぞれのフレーズの開始音につけられている歌詞の音節(音節の頭の部分)を取って、Ut, Re, Mi, Fa Sol, La という階名が生まれました。
音階の7番目の音には「聖ヨハネ」を意味する Sancte Iohannes の Si が当てはめられました。しかし、音階の最初の音が Ut では発音がしにくいという理由から、主(=神)を意味する Dominus(ドミヌス)の Do(ド)に変えられました。これが「ドレミファソラシ」という階名の由来となりました。
Ut queant laxis⇒「Do」⇒「ド」
Resonare fibris⇒「レ」
Mira gestorum⇒「ミ」
Famuli tuorum⇒「ファ」
Solve Polluti⇒「ソ」
Labii reatum⇒「ラ」
Sancte Iohannes⇒「シ」

4.聖ヨハネについて
新約聖書には、二人の聖ヨハネが登場します。一人はイエスに洗礼を施した洗礼者ヨハネ(John the Baptist)で、もう一人はイエスの12人の弟子の一人であった使徒ヨハネ(John the Evangelist)です。グレゴリオ聖歌「聖ヨハネの賛歌」のテキストを見ると、「私たちの穢れた唇から、罪を祓い清めてください」とあることから、この聖歌で歌われている聖ヨハネとは洗礼者ヨハネであることがわかります。
キリストの洗礼
ジェームス・ヴァンダーカム著『死海文書のすべて』には、次のような記述があります:
「比較研究の最初から、研究者はヨハネとその教え、およびクムランの人々と彼らの教義の間の類似性を強調してきた。ヨハネはいくつかの理由から、クムランと接触をもったと思われる最右翼の候補者であるように思われた。(中略)クムランの宗団とヨハネの間で類似するものは、ヨハネをエッセネ派(クムランの一員)とする所までには至っていないが、それらは確かに示唆的であり、そのため一部の研究者は、洗礼者ヨハネとエッセネ派との関係を強く申し立てるに至っている。だが彼が実際クムラン共同体の一員であったとしても、またその場所を訪れたりしたことがあったとしても、彼は後になってそこを離れ、誰にも依存しない独立した宣教活動を続けたであろう。」
聖ヨハネ、死海文書、クムラン教団、エッセネ派などのつながりはとて興味深いです。洗礼という水を使ったお清めは神道に通じるものがありますし、水を使った儀式というのは霊流または霊統の儀式にほかならないと思います。
グレゴリオ聖歌「聖ヨハネの賛歌」から伝わる霊性、そして洗礼者ヨハネがイエスに施したお清めの儀式など、すべては日本の古神道と同じくレムリアの文明につながるものと確信します。

記事更新日:2025/05/15


















































































