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The Knowing Way Japan(旧Gary Bonnel Japan)認定インストラクター&プロフェッショナルアカシックリーダー中島志保のブログです

2024年12月

フトマニノミタマ(布斗麻邇の御灵)

布斗麻邇の御灵は、天地自然の神にして、自邇(ジニ)なる神の教へなる事を説。さて、其と云は、目に見えさるの水火を神(火水)と云、目に見ゆるの火水を、是をヒミヅとも、ヒトとも号(なづ)くる也。其(その)目に見えさるのを、目に見せしむるの教えは、此御灵の形也。一円形にして、八に割(さき)わかれて、一けた毎に五十言の五字一行を書て合するときは、一円の灵となり、開くときは大八嶋の形となる。是を、と号(なづく)る。然るに、今此御灵の神宝をは、何れの処にか鎮坐し玉ふや。答て云く。丹波国桑田郡上佐伯村、御灵大明神是(これ)也。年々七月十四日、神事にして、禁裡御所より御献燈これあり。

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又、下佐伯村に稗田八幡宮有(あり)。是は、彼(かの)古事記を書故を以(もて)、阿礼か灵を此(ここ)に祭り玉ふ。其外、大阪生玉明神、是等(これら)はいまた志道の拝せさる処也。次に、名を解(とか)は、先(まづ)布斗麻邇の名の出る所は、古事記神代巻に一、二ヶ所あり。初めに、イサナキ、イサナミの二柱の神、みとのまくはいし玉ふ所に、天つ神に申し玉ひて、布斗麻邇の御灵に占(ウラ)へての玉ふと云事有。又、押穂耳(ヲシホニ)の尊、此国に下り玉ふ時、諸(もろもろ)の神の臣達添て降らるゝ時、天津小屋根の尊は神業の元(モト)を能(よく)しれりとて、布斗麻邇の占(ウラヘ)ことを以(もて)、つかへて降り玉ふとあり。今一ヶ所、中巻三十九右、伊久米伊理毘古(イクメイリヒコ)、伊佐知(イサチ)の命、沙本毘売(サホヒメ)の命、娶合(ミアヒ)有て、王本牟知和氣(ミコホムチワケ)の命を産。是(この)御子、八拳鬚(ヤツカヒケ)心前(むなさき)に至るまで、真事(まこと)とはす。かれ、ここに高行(たかゆく)鵠(カサヽキ)の言をきゝ、初めてあきとひし玉ふへき。其鳥もちて奉りき。其鳥を見玉へは、ものいはんとおもほして、おもほすか如くいひ玉ふことなかりき。こゝに、すめらかみと憂ひ玉ひて、み子(ね)ませるとき、夢にさとしたまはり、あかみやをおふきみのみあらかのこと作り玉はゝ、みこ必(かならず)まこととはん。こゝに、すめらかみと憂ひ玉ひて、み子(ね)ませるとき、夢にさとしたまはり、あかみやをおふきみのみあらかのこと作り玉はゝ、みこ必(かならず)まこととはん。かくさとし玉ふとき、ふとまにの御灵にうらへて、うつけかみのみこゝろそともとむるに、そのたゝりは、いつものおほかみのみこゝろなりき、等とあり。しかれは、天津児屋根の命とは、布斗麻邇の占(ウラ)へことを宰とる役をもて、藤原氏の祖にして、水火の伝への御先祖なり。

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然れは、布斗麻邇の御灵は、万物のおこりをはりの神業を知の御灵なること明也。水火は即、天地の躰のいき也。万物の主のいきなり。天地のいき順還する時は、国土安穏也。呼吸の息順還するときは、其人病なし。其息の動くに随ふて、自然に音を発す。是即、五列十行の五十言也。五十言と差別(ケチメ)するは、いき開合する故也。今、此布斗麻邇の御灵は、いき開合の根元を知(しる)の神宝ゆへに、此御灵を以(もて)推量るときは、儒仏はさら也、天地の間に教ふへき道に響かさる事なし。文字(フミ)なき時の教へなれは、更に文字に依(よら)ねとも、天より是を見る如く、地より是を聞如く、彼に闇(くら)く、是に明なりと云(いふ)差別(ケチメ)なし。是、人の教にあらす。人の業にあらす。神業にして、神の学ひなる故也。彼(カレ)に明なれとも、是に闇しと云は、文字(フミ)に依(よら)されは知す、依所(よりどころ)なけれは明ならすと。是と彼とを見合せて、押量るものは、人の業、人の学ひたる故也。今、仰いて以(もて)みれは、布斗麻邇の占(ウラ)へことは、久堅の天にしては、イサナキ、イサナミの御代に始まり、あらかねの地にしては、天津児屋根の尊、是を宰とる。然るに、人の代なりては、布斗麻邇の御名を知人(しるひと)も稀(まれ)也しか、此度杉菴志道、御灵の理(ことはり)を悟りて、万物の理を尽す故に、神代の学ひと云(いふ)を学へり。

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右を勅許ありしも、宜(むべ)なるかな。時に、御灵の名義は、布斗麻邇のは吹くこと。は與むこと。はまとかのこと。は水火の二つのこと。右の心は、火ふきて、水にくみて、まとかにいきこると云御名也。水火陰陽與合(クミアヒ)しを、教ふるの御名也。又、フトの反マニの反は正火の火の灵にして、は水中の水の灵也。即、火水の形を顕はすの御灵なる事を顕すの御名也。又、布斗麻邇の御名を、数(カス)の御伝へに会するとき、ヒフミヨイムナの七言、是(これ)自(おのづから)数(カス)の御灵と、其理(ことはり)自然と契当する也。先(まづ)ヒフミヨ。是は御灵ては、布斗(フト)の事也。イムナとは、御灵てはマニの事。それは如何と云に、ヒフミヨとは、は火也。は吹こと也。は水也。は與事。是、火を吹て水に與(クム)と云こと。員(カス)の御灵ては、ヒフミヨと云教へ也。

斗麻邇の御名を、数(カス)の御伝へに会するとき、ヒフミヨイムナの七言、是(これ)自(おのづから)数(カス)の御灵と、其理(ことはり)自然と契当する也。先(まづ)ヒフミヨ。是は御灵ては、布斗(フト)の事也。イムナとは、御灵てはマニの事。それは如何と云に、ヒフミヨとは、は火也。は吹こと也。は水也。は與事。是、火を吹て水に與(クム)と云こと。員(カス)の御灵ては、ヒフミヨと云教へ也。イムナと云は、イキのこと。ムツムこと。は幷(なら)ふことにして、即(すなはち)火吹て、水に與(クミ)、いきむつみならぶと云ことなれは、即布斗麻邇(フトマニ)の御灵の四言の御名を、七言に開きたる也。同く、いきの離合(クミハナレ)を教ふる御名也。御灵と数の御伝へとは、唯(ただ)開合の異なるのみ。先(まづ)、一粒の籾(モミ)、自(オノツカラ)春になると籾の胎内に火ふき、ふくれて夏になり、苗代に蒔て水に浸すか、是(これ)火水與(クム)所也。

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是、與(クム)の始め也。又、員(かす)の御伝ては、ヒフミヨの四言に当る月に配しては、正月より四月なり。それより、正しく随かひて、地に與(クム)か水火(イキ)のむつむ所也。員の御伝ては、五六(イム)に当る。月に当れは、五月、六月に当る。それより、弥(いよいよ)いきむつみて花開(サキ)幷(ナラ)ふか、員の御伝へては七()に当たる。月に配すれば七月に当る。七月は、一切の万物始めて実を結ひ始むる時也。二つのいき、始めて一つのホチ)の中に入なり。故に、七月七日に星合する。是(これ)、空に星と云者(いふもの)別に有て、相逢と云事には非す。ホシと云ことを解は、は正火の灵。は昇水の水の灵也。六月まては、陽の火盛りにして、七月に至り、始めて陰の水氣に與(クミ)凝(こ)りて、土一つになるをホシ(星)と云。又、七夕(タナハタ)と云は灵也。は幷ふ也。は火水(イキ)の二つのこと。は列なること。二つの火水(イキ)の灵、幷ひつらなると云詞(ことば)にして、水火(イキ)の二つに與(クミ)て、竟にホチ)になる所をと云。幷ふと云こと、水は女、火は男、一夜の契(ちぎ)り也。終りた所に寄(よせ)て、設けた祭也。実は形なきを、形ある物に寄て設けて祭る也。自然のホチ)より天地開け、天地和合して、万物を生する理を顕はして、即(すなはち)天地を祭る也。人は小天地なり。小を以(もて)大を知(しら)しむる祭りにして、必しも私に祭るとは惑ふへからす。又(また)生れての後(のち)七夜を祝ひ、又(また)七歳を祝ひ、正月の七日七草、七月の七日は秋の七夕也。其(その)春の七草の言を解は、は與(クム)こと、は少なき也。

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万物のイキ(火水)、與(クミ)そめの兆しを祝(イワフ)の名也。七夕は、既(すでに)とく。知へし。如此(かのごとく)名をなして、万物のみのりの数は、七つの数に極まる也。故に、七草はイキの與(クミ)そめ也。七つの数を以(もて)與(クミ)そめ、與(クミ)終りを顕はすゆへ、今此(この)布斗麻邇の御灵の名は、ヒフミヨイムナヤの七つの員(かず)に充(アテ)て、陰陽(イキ)與(くみ)て万物を生する事を教ふることの神宝故に、神代の巻には、彼二柱の神ミトノマクハイし玉ふ時に、イキ與(クム)の法(ノリ)をたかひて、女神よりアナニヤシエヲトコヲとの玉ふゆへに、ミコふさわず。ミコとは、水の凝也。これ、ヲミナ(女)の水、ヲトコの火に先たちしゆへ也。故に、天つ神申して、布斗麻邇にうらへて其法則(ノリ)改めて、先(まづ)男の火、水に入か故に、目出度(めでたく)国を産玉へり。国の詞は、クニの反也。は影の火の灵にして、火を産玉へりと云こと也。是フトマニとは、火ふくれふきて、水に與(クム)と云教へなる故也。水より火に與(クム)にあらす。火より水に與(クミ)て、万物起さしむるの御名也。一切諸(もろもろ)、この法則に違(タガ)ふ時は物ならす。君臣父子夫婦兄弟、皆(みな)火水のいきの理也。君臣即(すなはち)火水の理、乃至(ないし)子孫又(また)父子にして、火水の理也。君臣火水の理に違(たが)ふときは、国不治。父子夫婦兄弟、同しく理に違(たが)ふ時は、家不治。皆、布斗麻邇の御灵に占(うら)へさるの故也。今、此五列十行の音も、水火離合動静によりて出る所の音の故に、此布斗麻邇の御灵に占へるときは、言々の根本を尽し、万物の音、何れのイキなること知れず云ことなし。

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問曰。神代の巻の布斗麻邇の御灵と、今(いま)志道か家に崇めて伝へる御灵と同しきや、異なりや。答曰。意味深趣あり。曰、一にあらす、異にあらす。神代の巻の布斗麻邇の御灵と称するは、今志道か家に崇むる御灵の如き形をなしたる物にあらす。直に、天地陰陽の火水のイキの理をさして、御灵と号(なず)け玉ふ。即、上に云(いふ)御灵の開合、即(すなはち)離合動静にして、万物を生するの理にして、形ありて目に見る物にあらす。然れは、是を見聞ものは、千早振神の業にして、今人の代となりては、天地(イキ)万物を生するの理はあれとも、たゞ天地(カミ)のみ是を聞玉ふ。人は唯(ただ)、神の御伝へを聞て信するのみ。凡(おおよそ)人々を見ることあたはさるの神秘を、形をかりて見せ玉ふか、志道の家に伝はる御灵也。幷(ならひ)に、中に列子(つらね)たる五十言の形仮名は、もと五十言の音も、音にのみ有て形なし。依(より)て、形なき音を目に見せるか形仮名なり。故に、神代の巻の布斗麻邇の御灵に占(うら)へてとあるは、形ある物には非す。直に其灵、理をさす。其理に占へたる也。御灵の理をは、形あるやうに布斗麻邇の御灵に占へてとあるのは、是か神代巻の神秘也。更に、神代巻の一切に、二柱の神まくはいの法則を知玉はさりし時、せきれい鳥来りて、其尾を動かして教へしとある。此せきれいと云も、実の鳥と思ふは非也。如何と云に、二柱の神みとのまくはい玉ひて、諸有(アラユル)国々山々鳥獣草木まで産玉ふ。

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それをは、いまたまくはいしたまはぬ先に、せきれいの鳥あるへきや知へし。せきれいとは何物そや。是、漢名也。和名は、トツキヲシヘと云。此名を解は、は與(クム)こと。は連なること。は水火(イキ)のこと。是、水火のいき、くみつらなることを教ふると云名也。そこを、トツキと云たもの也。水火(イキ)と男女與(ヲメクミ)つらなるか、トツキ也。水火與(イキクミ)連なるは、是(これ)即(すなはち)布斗麻邇也。別のものに非す。既(すでに)説(とく)如(ごと)く、火水與(クミ)連(ツラ)なる所は、其理(ことはり)人の目に見えさる故に、後に人の目に見せん為に、尾頭を動かす鳥の形を借て顕はすか、神代の巻の神秘也。此神秘を、中古の国学者実を知すして、せきれいと誠の鳥と思ひ、大八島とあれは、西国に在(ある)八島と思惑ふ者は、己(ヲノレ)人の眼を以(もて)神代の神秘を見ることにして、神秘なる神代の巻を猥(みだり)に窺(うかが)ふ故也。陰陽火水和合の理(ことはり)は、心なき草木、慮(おもんぱかり)なき鳥獣迄も、教へすして自然と知。

何况(いわんや)、二柱の神、吾産なせる鳥に教へられて、天地水火和合して、国を産の理を知玉はんや。それに、神代の巻に天つ神に申して、布斗麻邇に占へてとある、又せきれいに教へられてと有は、是神秘也。

然れは、志道か家に古くより伝はる布斗麻邇の御灵は、何れの神、何れの人の作り玉へる事は知ねとも、人の目の見えさるの天地火水自然の理を、目に見するの法則也。水穂の法(ノリ)を暁(さと)り、万物をたゝす御宝也。又是、神の代を治め玉ふの道也。教也。然れは、理は一也。形を見るは別也。依て、一にもあらす、異にも非すと申す也。
(山口志道「言霊秘書」p.375-383)


火水


 
記事更新日:2026/01/24

マタ(亦、又、股)

◎言霊
亦(マタ)は、はまろかること。は玉のこと。玉まろかるを、亦(マタ)といふ。木の股(マタ)なとも、枝と枝と付、円(マロ)かれたるをマタと云。今、の音は、亦(マタ)也とある。後選集の哥に、是やこの行還る、と有。此は、亦(マタ)の義にして、行人も、還人も亦(マタ)、と云語也。知れる人も、又(マタ)知らさる人も行逢と云哥にて、知る知らぬ逢坂の関、とよみつゝけし哥也。此一首に、四つのの辞あり。是は、皆亦(マタ)をなす。足のモヽを股(マタ)と云も、左右の足舫(モヤフ)処(トコロ)なれは、モヽの名をなす。是、右も左も一処に舫(モヤフ)也。行人、還る人、知る人、知らぬ人、と別なるもの四つ有。夫(それ)を、一処に円(マロ)かれ舫(モヤ)はせて、逢坂の関と與舫せて、詠したると知るへし。
(山口志道「言霊秘書」p.506)


百人一首


記事更新日:2026/09/05

ツマトリ(妻鳥)とアウムの法

◎言霊
間()。の音は、向ふ也と有。故に、一と間(ひとま)、二た間(ふたま)と水切(シキリ)しきつて、向ひ合ふ正中を云ふの始なり。妹背のことをツマと云も、は続こと。は向ふことにして、続き向ふの語也。故に、夫は婦をツマと云(いひ)、婦は夫をツマと云(いふ)。これ、つゝき向ふ法則の故に、互にツマの名あり。画法にツマトリと云て、夫婦の鳥を画くときは、先へ行く鳥は口を開いて後へ向ひ、迹(あと)より行く鳥は口を開かすに先の鳥に向こと、これを妻鳥(ツマトリ)と云。これ、つゝき向ふの法則なり。是等は、仏家に云アウムの法又(また)同し。は空躰にして、口を開く。ウムは陽灵にして、口を閉る也。故に王の開合は、アウムを表す。是を、ツマと云。すべて、つゝき向ふ物の名なり。つゝき向ふときは、独(ひとり)に非ず。必(かならず)対することあり。故に、間()と云も、為限々々(しきりしきり)と向ひ対するの語。
(山口志道「言霊秘書」p.517)


男も女も、互にツマと云。男には女をツマと云(いひ)、女は男をツマと云(いふ)義をなす。今、マは向ふの音ゆへに、女也 男也とあり。
(山口志道「言霊秘書」p.521)

鶴

 
記事更新日:2026/04/01

マカル(曲)

◎言霊
曲(マカル)。は間なり。は搦むこと。は助言の省け。正しく向ひ合ふて居る間(アヒタ)か一重搦みて、かへつて間(アヒタ)か合(アハサ)らさるやうになるを、曲(マカル)と云。今、此の音は、元(もと)水は水、火は火と分れしものか、水、火中に與合せて、何れか水とも、何れか火とも、竟(つひ)に分らぬやうになる。是を、曲(マカル)と云。今は、本来に背くを曲(マカル)と云。直なるものは、直ならさるやうに背ことを、曲(マカル)と云。今、此の音は、火中の水灵にして、元(もと)水は水に明らかに、其躰火の外に有し水の、今火中に與み合て、何れか水とも分らぬやうにくむ音故に、水火別々に有し理(ことはり)に背く也。故に、曲(マカル)也と有。マカリマカルと用(はたらき)てマカの反也。
(山口志道「言霊秘書」p.518)


渦



記事更新日:2026/04/01

イナリ(稲荷)とキツネ

2.稲荷の古伝について

二に、稲荷の古伝ちふものは、自然の神書(カミフミ)なることを説。それに、二つ始めに、古伝の来意を説。二に、古伝の一言の法則を説也。始めに、由来とは、太の朝臣安麿の古事記製作は、和銅四年(辛亥)の九月より始めて、同く五年(壬子)正月、上皇へ奉まつる。又、山城国稲荷の宮は、和銅四年(辛亥)二月の造営なり。是に依て、伏て考ふるに、古事記の製作はあれとも、若(もし)や言灵の道すたれて、末の代に渡らんかと恐慮りて、五十連の一言の法則と、水火(イキ)の形を記したるを、稲荷の神躰として納め玉ふかと見ゆ。是、志道の考也。然れとも、幾百年の間知人(しるひと)もなく、享保の頃、荷田の東麻呂、稲荷の古伝を社務より伝へらる。然れとも、時至らすして、其学ひを続人(つづくるひと)もなく、徒に荷田の訓之迄(まで)伝来して、訓之是を杉庵志道に伝へて、志道に至りて始めて、布斗麻邇の御灵に引合せて、稲荷の古伝は御灵より分れたる水火のイキの形にして、天地の氣を知の御伝なる事を悟り得たり。是に依て、今吾末代に有て、是を聞事を得たり。曰、何故に五十連の法則と、水火の形を稲荷の神躰とせしや。稲荷と云名を説ときは、自(おのづから)其躰を知へし。先、稲荷の名を説(とか)は、出入の息の神なりと云こと。イキ也。ナラブ也。は出入のイキにして、イキナラブ と云こと。息のならふとは、出入の息のならふ故に、ナリの反と、出入の息の二つならぶを、名にせし神也。故に、稲荷(イ子ニナフ)の字を書、イ子ニナラフの文字をかる。イ子は水火の根也。荷(ニナフ)はナニナラブこと。出入の息の根、二つならふと云こと。イキの根は、即命也。故に、天地の水火(イキ)、万物の命を宰るを以(もて)、長命を願ひ、福(さいは)ひを求るは、此(この)いはれ也。爾(しか)れは、何(いづ)れより云ても、稲荷と云は、イキナラフと云こと。其(それ)イキノナラヒ也。形(かた)ちは、此五十連の音也。故に、此五十音に、一言の法則と、水火の形(かた)ちを印し、是を稲荷の神躰として玉ふ事なり。此ゆへに、イキの御伝には、此神にしくへからす。稲荷と云名を説ときは、自(おのづから)其躰を知へし。先、稲荷の名を説(とか)は、出入の息の神なりと云こと。イキ也。

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ナラブ也。は出入のイキにして、イキナラブ と云こと。息のならふとは、出入の息のならふ故に、ナリの反と、出入の息の二つならぶを、名にせし神也。故に、稲荷(イ子ニナフ)の字を書、イ子ニナラフの文字をかる。イ子は水火の根也。荷(ニナフ)はナニナラブこと。出入の息の根、二つならふと云こと。イキの根は、即命也。故に、天地の水火(イキ)、万物の命を宰るを以(もて)、長命を願ひ、福(さいは)ひを求るは、此(この)いはれ也。爾(しか)れは、何(いづ)れより云ても、稲荷と云は、イキナラフと云こと。其(それ)イキノナラヒ也。形(かたち)は、此五十連の音也。故に、此五十言に、一言の法則と、水火の形(かたち)を印し、是を稲荷の神躰として玉ふ事なり。此ゆへに、イキの御伝には、此神にしくへからす。

さて、稲荷の神に狐の仕ることは云何(いか)ん。先、此狐に二種あり。一に、キツ又(また)キツ子と云あり。形の別なるに非す。其業の異なる也。今の世になりては、共にキツ子と云(いひ)習へり。そのキツと号(なづ)くる者は、野狐也。

故に、万葉に、夜か明けはきつにはめなてくたかけのまたきになきてせなをやりつゝ。是等は、キツと云て野狐のこと也。漢名には、一名紫野。或る記に、古婬婦あり、其名 紫夜と云。生なから化して狐となる。自ら紫夜と称すと。分類聚に、野狐一名紫夜、尾をうちて火を出す。みな是らは、野狐のこと也。吾国にては、古は野狐を只キツと云て、キツ子とはいはす。其例、上に引(ひく)万葉集等の如し。

p.385
しかれは、後の世に及ひては、是等の法則乱て、野狐のことをもキツ子と云になれり。扶木集(扶木和歌抄)に、花を見る道のほとりの古る狐かりの色にや人まよふらん。是等は、野狐のことを狐とある。其外、本草網目、白氏文集なとに、キツのことをキツ子とかなが付てあり。然れとも、全躰はキツキツ子と、元(もと)別なる者にして(顕云僻説笑ふへし和銅四年の勧請の稲荷なり夫に仕ふる獣の名を開闢より付てあるへきや又伝言灵の神獣を仕ふことはなにことそや可笑)、今、稲荷神のいつかはしめるキツ子にして、キツにあらす。名は替(かは)れとも、其形(かたち)見分難し。其業異(こと)なるによりて、名を別にするなり。先、キツ子と云名を解(とか)は、は水火のイキのこと。は列ること。は根にして、水火(イキ)の根につゝきつらなると云名なり。故に、命長くして、水火のイキを宰る神に仕ひ奉るなり。また、キツと云は、つらなると云ことにて、人のイキにつらなりて、人をまよはす。又、タハムの三言を反すとにして、たはむれて人を迷はすの名になる。是は、野狐の名なり。これ、形同しけれとも、業異なるかゆへ、名を別にする也。俗に考ふれは、人面獣心の如し。古言の法則なり。狐の鳴声を聞に、諸の獣にすくれて、イキにかしこきこと明著(あきらか)なり。如何と云に、彼(かの)狐の鳴声、クワンとなき、又コンとなく。是、カキクケコの音にして、アウムの二音に響かせ、行は暉火の灵にして、差別を宰る。アウムの二音、其躰空虚にして、無尽にしからしむるの音なり。故に、古伝にもある空中の水灵にして、無にして有なりと有て、故に字本不生不可得有也と云も、又(また)此アウムの二音によりて無にあらす、有にあらす、不可得の音なり。
p.386

其、真言の金胎両部の曼多羅は、アウムの二音の外なし。は胎蔵界、ウムは金剛界。は躰にして、ウムは用なり。今、神代の学ひよりは、は空水の灵にして躰、其まゝウムと水灵か火に入交て用となる。是を火中の水と云。故に、キツ子陰氣に惑ひて、声をなすときはクワンと云(いひ)、陽氣に惑して声を起すときはコンと鳴。これを俗人、狐のコンコンと鳴ときは福(さいは)ひ来るなとと云も、陽氣発するゆへなり。如此、自然と陰陽水火の理にかしこきこと、もろもろの獣にすくれたるか故に、イキの神の稲荷のつかはしめとなるも、亦(また)是(これ)自然の道理なり。顕云あまり長き解にて退屈せり。

二に、稲荷の古伝の法則を解かは、此言灵一言の法則は、稲荷の神躰にして、いきの元を尽し、音を活用(はたらか)しむるを、さとらしむるを、教ゆるの御伝なり。
(山口志道「言霊秘書」p.383-386)


稲荷とキツネ 
記事更新日:2026/02/20

マナコ(眼)

◎言霊
眼(マナコ)は、は向こと。は並ふこと。は息の凝ることにして、イキ(水火)とは、則(すなはち)日月也。右は水にして、眼は月を宰り、左は火にして、眼は日を宰り、故にマナコとは、いき凝りて並ふと云名也。今、の音は、火中の水にして、イキ凝並ふの音の故に、マナコ也と有。

古事記神代巻の、天照太神と、月夜見の尊と、天地の眼也。故に、其(そ)を知らしめん為に、伊弉諾の命と、日向の橘のをとのあはきか原にみそきし玉ひ、左の眼をそゝき玉ふて天照太神現れ、右の眼をそゝき玉ひて月読の命現はるゝ。二た柱は、日月也。天地の眼也。此二た柱の神、日月なることは、安麿か古事記の序にも、日月は服を洗ふに現れ、其日月は是(これ)天地の眼の故に、伊弉諾の神、目出度(めでたく)御子(ミコ)産玉ふと喜はせられ、人産るゝと云も、眼(まな)こ開かされは何そ目出度(めでたき)こと有ん。天地二た柱の神在(ま)す故に、目出度(めでたき)皇子(ミコ)也。万物、是より文目(あやめ)を分つ。葦原豊中津国、此ときにあたつて、国の国たることになる。今、此五十連五十音も、の一音に至て、息の不残顕れて、不足と云ことなし。実に、天地の眼也。音韻の眼、是より外に無きと知るへし。此故に、今マナコ)也と有。
(山口志道「言霊秘書」p.516-517)


光の守護者


記事更新日:2026/09/16

ムカフ(向)

◎言霊
向(ムカヒムカフ)と用(はたらき)て、は睦(ムツム)こと。は搦(カラム)こと。睦み搦むを、向(ムカフ)と云。鏡(カヽミ)に向(ムカフ)も、鑑に我影を睦み搦むこと。仏に向ひ、神に向ふ抔(など)も、仏神に睦み搦むと云語也。今、は、惣(すべ)て火中の水灵にして、円(ロキ)を宰て、光なき空躰の水、火中に向ひ合て、光りを放つ一行なり。行の中にても、五十連の結ひ言にして、初めの一言より起り、アワの二つ現して、に凝はいよいよ降り、澄めるはいよいよ昇り、天地の文目分れ、其分かれし天地の火水又(また)與み合て、本(モト)のをなす。その根本のをなさんとて、今火中へ水與み搦む。至極の音也。其睦み搦むは、ムカフ)の語なるか故に、の音にムカフ)と有。モトムカフて、来る処也。
(山口志道「言霊秘書」p.515-516)



神棚


記事更新日:2026/09/16

ムナシ(空)

◎言霊
空(ムナシ)。是は、は無の音なる故に、ムナシと云。語意は、は睦こと。ナキナクと用(はたら)きて、睦むことナシという語也。是、所謂(いはゆる)老子の虚無也。道を道とし、名を名とするときは、是睦(ムツム)の教なり。夫に違ふて、道を道とせす、名を名とせされは、虚無にして、睦(ムツム)ことなきの教なり。譬は、剣(ツルキ)有か故に、人を殺害す。財宝有か故に、貧人出る。道有か故に、無道あり。名有か故に、無名の人あり。道なく、名無きときは、善人 悪人なし、と教ゆるときは、虚無の見の一遍にして、唯(ただ)いたつら者と云、空(ムナシ)き者出る。此見識は、道あり、名ありて睦む故に、自他の道を道とせす、名を名とせす、自も無く、他も無く、唯(ただ)自然に住するを、老子虚無の教と云。道に睦(ムツム)こと無く、名に睦(ムツムむこと無きが故に、是を虚無とも又(また)空(ムナシ)とも云。今、神代の学ひは、は、水、火中に凝り睦み究りて、形を隠して、外に睦(ムツム)の一無き故に、今空(ムナシ)きなりとも。是は、彼の虚無の空(むなし)き義には非。形無き、本来虚無の空(ムナシ)には非。既に、と形顕せる火水は、有なり。このは、火中の水にして、の火、水中に與み睦みて、形隠すのなり。故に、空(ムナシ)き也とは云とも、本来の火水空(ムナシ)き訳に非。形顕すの火水有にも非。故に、(〇)は五十音、火水のいきの惣名にして無にして有なりと有て、今神代の学ひは有に非、無に非しかも、有也と教ゆる処の、理(ことはり)の正しきこと知るへし。
(山口志道「言霊秘書」p.511-512)


白



記事更新日:2026/09/12

ナキ(無)、ム(無)

◎言霊
無(ナキ)は、は凝(コル)こと。は暉く火の灵なり。水、火の中に凝ると云こと。は、惣て火中の水灵にして、水の火に凝るの一行なり。其一行の中にても、此一音は中言に在て、余の四音に替て勝るゝ。水、火中に與み凝れは、火の為に水消為す。たとへは、鼎(かなえ)に水を入て火をたけは、竟(つひ)に水は火の為に消散す。是をナキ)と云。又、火も水中に與み凝れは、火の形を隠す。是、氣の凝(こる)故(ゆゑ)なり。惣て氣こり、これは其形を隠す。是をナキ)と云。今、の音は、火中の水の凝り究るの音の故に、は無き也と有。則、と云の一言にて、無()の語に用ると知へし。是、與るのの音なるか故なり。是、無の字にナキと訓するは、和漢の灵合なり。
(山口志道「言霊秘書」p.510-511)


蒸発



記事更新日:2026/09/11

モノ(者)

◎言霊
者(モノ)也。は舫(モヤフ)こと。也。則、舫て一つにまろかる語也。此者(モノ)と云語をつかうときは、必(かならず)先に其躰を挙て、下にモノとある也。和漢ともに、此義一つ也。ツカヘノモノと云は、初に使(ツカヘ)と云躰を挙て、夫に舫ふの人の故に、者(モノ)と云。かしこき者と云も、又しかり。智者 学者 同義也。其ことがらに舫ふ人(ひ)とのことを、者と云。舫へき躰の無きときには、人と云ても、モノとは云す。是者とは、者に舫の義有か故に、の音、者(モノ)也とある。
(山口志道「言霊秘書」p.506-507)


包丁職人


記事更新日:2026/09/05

カタマル(堨)

◎言霊
堨(カタマル)は、は搦(カラム)こと。は灵(タマ)をなすこと。搦て、円かに、玉なると云語也。夫を堨ると云。是、舫(モヤフ)の義と同し。然れとも、少しく差別あり。舫は、文(アヤ)に與むこと。堨るは、文(かざ)りなりして、強く與むこと。舫は與むことの軽く、堨るは與むことの重きと知るへし。しかれとも、火中に水與むと云(いふ)法則(のり)は、同しきと知るべし。
(山口志道「言霊秘書」p.506)


火水


記事更新日:2026/09/04

モヤウ(舫)

◎言霊
舫(モヤフ)は、モヤヒモヤフと用(はたら)きて、もの堨(カタマル)こと。は、文なること。アヤに堨ると云語にして、の火と與み堨ること。火中の水の、の音故に、モヤウ也とあり。惣て、一行の中にも、最下の一音は、上の四音を束ねて、殊に重き故に、此は惣て、の火と與み舫ふ一行なれとも、舫(モヤウ)の法則は、此の一音に在(ある)と知へし。故に、一を十()に與たるを、と云。十(トヲ)を十()を與たるを、百(モヽ)と云。是、のくみて、になる故に、火中の水灵のの音に舫(モヤウ)也とある。
(山口志道「言霊秘書」p.505-506)


魂の召喚



記事更新日:2026/09/04

ヒフミヨイムナ(数の御灵)

又、布斗麻邇の御名を、数(カス)の御伝へに会するとき、ヒフミヨイムナの七言、是(これ)自(おのづから)数(カス)の御灵と、其理(ことはり)自然と契当する也。先(まづ)ヒフミヨ。是は御灵ては、布斗(フト)の事也。イムナとは、御灵てはマニの事。それは如何と云に、ヒフミヨとは、は火也。は吹こと也。は水也。は與事。是、火を吹て水に與(クム)と云こと。員(カス)の御灵ては、ヒフミヨと云教へ也。イムナと云は、イキのこと。ムツムこと。は幷(なら)ふことにして、即(すなはち)火吹て、水に與(クミ)、いきむつみならぶと云ことなれは、即布斗麻邇(フトマニ)の御灵の四言の御名を、七言に開きたる也。同く、いきの離合(クミハナレ)を教ふる御名也。御灵と数の御伝へとは、唯(ただ)開合の異なるのみ。先(まづ)、一粒の籾(モミ)、自(オノツカラ)春になると籾の胎内に火ふき、ふくれて夏になり、苗代に蒔て水に浸すか、是(これ)火水與(クム)所也。是、與(クム)の始め也。又、員(かす)の御伝ては、ヒフミヨの四言に当る月に配しては、正月より四月なり。それより、正しく随かひて、地に與(クム)か水火(イキ)のむつむ所也。員の御伝ては、五六(イム)に当る。月に当れは、五月、六月に当る。それより、弥(いよいよ)いきむつみて花開(サキ)幷(ナラ)ふか、員の御伝へては七()に当たる。月に配すれば七月に当る。七月は、一切の万物始めて実を結ひ始むる時也。二つのいき、始めて一つのホチ)の中に入なり。故に、七月七日に星合する。是(これ)、空に星と云者(いふもの)別に有て、相逢と云事には非す。ホシと云ことを解は、は正火の灵。は昇水の水の灵也。六月まては、陽の火盛りにして、七月に至り、始めて陰の水氣に與(クミ)凝(こ)りて、土一つになるをホシ(星)と云。又、七夕(タナハタ)と云は灵也。は幷ふ也。は火水(イキ)の二つのこと。は列なること。二つの火水(イキ)の灵、幷ひつらなると云詞(ことば)にして、水火(イキ)の二つに與(クミ)て、竟にホチ)になる所をと云。幷ふと云こと、水は女、火は男、一夜の契(ちぎ)り也。終りた所に寄(よせ)て、設けた祭也。実は形なきを、形ある物に寄て設けて祭る也。又(また)生れての後(のち)七夜を祝ひ、又(また)七歳を祝ひ、正月の七日七草、七月の七日は秋の七夕也。其(その)春の七草の言を解は、は與(クム)こと、は少なき也。万物のイキ(火水)、與(クミ)そめの兆しを祝(イワフ)の名也。七夕は、既(すでに)とく。知へし。如此(かのごとく)名をなして、万物のみのりの数は、七つの数に極まる也。故に、七草はイキの與(クミ)そめ也。七つの数を以(もて)與(クミ)そめ、與(クミ)終りを顕はすゆへ、今此(この)布斗麻邇の御灵の名は、ヒフミヨイムナヤの七つの員(かず)に充(アテ)て、陰陽(イキ)與(くみ)て万物を生する事を教ふることの神宝故に、神代の巻には、彼二柱の神ミトノマクハイし玉ふ時に、イキ與(クム)の法(ノリ)をたかひて、女神よりアナニヤシエヲトコヲとの玉ふゆへに、ミコふさわず。
(山口志道「言霊秘書」p.378-380)


◎言霊
止也。トトムとは、トトの反にして、は與こと。は睦むこと。與睦を、トヽムと云。今、水の中に火與み睦みて、玉をなして、更に変ことなく、永世尽ることなし。故に、トヽムと云。人のこゝに止マルマルの反)と云も、能(よく)睦みて動かさるを云。今、の音は、水中に火與み睦みて、玉をなして、更に変らさるの音故に、止(トヽム)也と有。タチツテトは、玉(タマ)つゝきて、今爰(ここ)に止まることにして、ヒフミヨイムナヤコトと、止り終る也。
(山口志道「言霊秘書」p.503)


春の七草


 
記事更新日:2026/08/28

トク(解)

◎言霊
解(トクル)とは、は與(クム)こと。も與(クム)こと。水中の火の與むを、解(トク)と云。偖(さて)、こゝに心得あり。水をトクと云も、與(クミ)凝(コリ)て有ものを発つの語。今、與(クミ)與(クム)の義なるを、物を放つことに用ゆるは、心得かたきやうなれとも、本来の語を能(よく)解(トク)へし。氷は、只(ただ)氷の儘(まま)にてはとけす。其氷に、春の陽氣の火か 與(クミ)結ひたる故に、氷もモトの水に解(トクル)也。是を、トクと云。 又、解(トク)と云語を解(トク)にも、其音に法則與()ませて解(トキ)分(ワカ)る也。帯も結ひたるに、手を與(クミ)入て解(トク)也。如是、水中へ火與(クム)か故に、解(トケル)。故に、水中の火灵なるの音に、トクル也と有。
(山口志道「言霊秘書」p.502)

氷


記事更新日:2026/08/26

タナコヽロ(掌)、テナコヽロ(掌)

◎言霊
掌(タナコヽロ)とは、本語テナコヽロなり。夫(それ)を、タナコヽロと云訳は、下のナコヽロに用(はたらき)ありて重く、と云に用(はたらき)なくして軽し。故に、に譲りて、タナコヽロと云。委(くはし)くは、ケセテ子ヘメカサタナハマの音を扱の処に在(ある)故(ゆゑ)に略す。本語テナコヽロとは、は正中のこと。コヽロは、こりることにて、手の正中に凝る所を、タナコヽロと云。此タナコヽロ、則にて、左右有か故に、の音に掌(タナコヽロ)也と有。
(山口志道「言霊秘書」p.500)

手

記事更新日:2026/08/24

ツラナル(列)・ツゝク(続)・ツゝメル(約)

◎言霊
約は、ツヽメツヽムと用(はたらき)て、則続き渦巻ことにして、ウツマキウツマクと云語を約て、約(ツヽム)と云也。水渦巻けは、次第次第に潜(ヒソマル)。是を、約(ツヽメル)と云。ツヽメと云に付て、テニヲハに二つの扱ひ有。(ながら)ツヽと、ツヽとあり。(ながら)ツヽは、列(ラナル)、続(ヽク)より出る法則なり。ツヽは、火中の水灵の音なれは、渦巻(ウツマキ)潜(ヒソマル)より出る法則なり。故に、語の下にツヽとありて、上の語に反る格と、又(また)語の下にありて、の一音にツヽメル格とあり。例せは、思ひツヽと云て、 思ひ乍(ながら)となる格と、又(また)かく思ひと、ツヽメル格あり。故に、今の一音に、列也 続也 約也とあるは、列(ツラナル)ものは竟(ツヒ)にツゝマリツゝマルものは又(また)開けてツゝク故に、今火中の水灵のの音に、五つの法則あること、此心を以(もて)知るへし。続くものにあらされは、約まることなし。きれきれになる物は、必(かならす)ツゝまらぬと知へし。
(山口志道「言霊秘書」p.498-499)



鳥



記事更新日:2026/08/22

トリ(鳥)

◎言霊
鳥(トリ)は、陰中の陽物也。是、の音は、水中の火灵なれは、鳥の灵なること知へし。畜類の中にても、総て魚は陰也。水を離れす。獣は陽也。故に、陸地山林に住む也。鳥は陰中の陽物なれは、多(おほく)は夜ひそまりて、朝に飛ふ。或は、水中に遊て、陽に向ふてたつ。冬ひそまりて春出、百鳥春に囀ると云。或は、林中の隠処に住んて、陽氣を待(まち)て鳴く。是、陰中の陽物の故也。今、の音は水中の火灵なれは、鳥の灵也と有。鶯雀と云如し。
(山口志道「言霊秘書」p.469)


◎言霊
は鳥の灵也。鳥(トリ)は陰中の陽物なるか故に、今火中の水灵とあり。の音に鳥の灵也と有。しかるに心得あり。上の音にも、水中の火灵也。是にも亦、鳥の灵とあるへし。此の音にのみ、鳥の灵と有や。解して曰。是、自然なりといへとも、今の音にのみ鳥の灵とあるは、別に理(ことはり)有こと也。其故は、の音は正しく、一百千に及ふ音故に、鳥は都(すべ)て、一に百千幷(なら)ひて、よくつゝきとほるものなり。是を、雁の一と列(ツラ)なとゝ云。鳥は、一羽たては百千の鳥又(また)能(よく)列(つらなる)なり。続くことの正しきもの也。故に、論語学而の篇に、時習之の註に、朱子の曰、鳥の数(シハシハ)飛か如しと。師の跡に順ふて、習ひ行ふにたとへたるもの也。故に、千鳥と云は、一より百千の数を奇(よす)る音の故に、員(かず)多く集りし鳥を云。何鳥と定めたることは非す。如是、総て鳥の性は、一に百千幷(なら)ひ集るもの故に、今の音に鳥の灵と有。
(山口志道「言霊秘書」p.496)

鳥

記事更新日:2026/08/18
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