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The Knowing Way Japan(旧Gary Bonnel Japan)認定インストラクター&プロフェッショナルアカシックリーダー中島志保のブログです

2024年02月

名前に「キ」のつく植物

名前にのつく植物は、天地の氣(キ)をよく知り、それに合わせて花が咲き、実がなります。また、昼は葉を開き、夜は葉を合わせて眠ります。これらはすべて自然の氣(イキ)によるもので、灵草(レイソウ)ともいいます。


1.名前に「キ」のつく植物

 ・スス
 ・アツ(小豆)
 ・ネ
 ・ム
 ・フ


ススキ



2.ハギとヲギ

◎ハ(萩)
は初(ハツ)を、は氣または灵(霊)を意味します。秋の初めに花を咲かせるということでハキという名前がつけられました。

◎ヲ(荻)
は終(ヲワリ)を、は氣または灵(霊)を意味します。秋の終わりに花を咲かせるということでヲギという名前がつけられました。

ハギ(萩)とヲギ(荻)は、相対して、秋の始まりと終わりを取り仕切る植物です。季節の変わり目にこのような植物を歌に詠んだり屋内に生けたりするのは、その時々の様相という姿であらわれる自然の神とつながる神事です。


萩の花



3.キクとヨモギ

ク(菊)
は氣または灵(霊)を、は與(クム=与える)を意味します。天と地は氣より開き、そこから水火(イキ)を與む(与える)植物ということでキクといういう名前がつけられました。そして、天地の水火(イキ)をよく與むことから、キク(菊)は千年に寿(コトフク)とされています。

◎ヨモ(蓬)
ヨモギは與舫氣と書きます。與(ヨ)は与えること、舫(モ)はつなぎとめること、氣は天地を開いた水火(イキ)を意味します。このことからヨモギ(與舫氣)とは、人の氣(イキ)に與舫(クミモヤヒ)て、灸(ヤヒト)をなして長生きを司る植物を意味します。ヨモギ(與舫氣)は、蓬莱ともいい、菊と同じものです。


菊

 
記事更新日:2024/02/12

言霊「カスミ」

カスミを言霊で読み解くと次の通りになります。

◎音霊の数
 ・三声
 ・カ・ス・ム

◎名と詞(語彙)
 ・かすみ…名(霞)
 ・かすむ…詞(霞む)

◎言霊「カスミ」の解説
天から気は降り、地から気は昇り、天と地が合わさり、中央に気は集まる。天と地が合わさるところは濁気となり、ここから万物が生まれる。この濁気を霞(かすみ)という。従って、カスミのスは天と地が合わさることを意味する。

◎言霊「ス」声の解説
 ・中に集まること。
  ⇒宇宙発生の原点となるもの。

 ・主(ス)たるものの住む処にして万民を統(ス)べること。万物の統合者。
  ⇒スメラギ

万物はみな「ス」の中に宿っている。そして人は天と同体である。「ス」は息を吸うときも吐くときも口を動かすことなく出る声であることから、呼吸と関連した音である。


霞がかった山々


 
記事更新日:2024/06/10

言霊「カミ」

カミを言霊で読み解くと次の通りになります。

◎音霊の数
 ・二声
 ・カ・ミ

◎名と詞(語彙)
 ・かみ…名(神)
 ・かむ…詞※?

◎言霊「カミ」の解説
 ・カ…火・陽霊(象形: ー)
 ・ミ…水・陰霊(象形: |)
 ・カミ…火水(象形+)




 
記事更新日:2024/06/10

言霊「イザナギとイザナミ」

日本神話に出てくるイザナギとイザナミは陰陽の神であり、この二柱の神々が交わることで万物を生み出すとされています。このイザナギとイザナミを言霊で読み解くと次の通りになります。

◎陰陽の神
 ・イザナギ…陽の神(男性神)
 ・イザナミ…陰の神(女性神)

◎音霊の数
 ・四声(三声+一声)
 ・イ・ザ・ナ+ギ
 ・イ・ザ・ナ+ミ

◎語彙(詞)
 ・イサナ⇒「誘う」

◎音声(言霊)
 ・キ…天の活霊
 ・ミ…地の活霊


国産み

 
記事更新日:2024/06/10

タカアマハラ

大祓の祝詞(おおはらえののりと)

たかあまはらにかむづまります
すめらがむつかむろぎかむろみのみこともちてやほよろづのかみたちを
かむつどへにつどへたまひ

高天原に神留まり坐す
皇が親神漏岐神漏美の命以て八百萬神等を
神集へに集へ給ひ

日の出


1.歪んだ言霊

◎たかまがはら
 ・まが=曲がる
  ⇒天の道を曲げようとする邪の存在の働きによるもの。

◎たかまのはら
 ・まの=魔の
  ⇒天の道に魔を呼び起こる邪の存在の働きによるもの。


2.正しい言霊

◎たかあまはら
 ・あま=宇宙空間の現れ


3.カタカムナの意味


◎タカ・アマ・ハラの意味
 ・タカ…タ(分離独立)+力(潜象界の力)=無限の縦軸
 ・アマ…ア(音の響き)+マ(宇宙・空間)=無限の空間
 ・ハラ…ハ(引き合う)+ラ(無限の存在)=無限の横軸

◎タカアマハラの意味
 ・時間と空間が交差する無限の空間(宇宙の中心)


3.4つの言霊と天津金木

タカァ…光明遍照(こうみょうへんじょう)
 ・外発の神力:中心点から外側へ拡散する神力
 ・慈悲のエネルギー

タァマ…摂取堅縛(せつしゅけんじゅ)
 ・内集の神力:外側から中心点へ吸収する神力
 ・金剛のエネルギー

カァマ…円融無碍(えんゆうむげ)
 ・外発と内集が同時に起こり交流する神力
 ・自在のエネルギー

ハラ …螺状旋回
 ・螺旋状に旋回する神力
 ・流転のエネルギー
 ・タカァ・タァマ・カァマの3つの神力をパワーアップさせる


富士山

 
記事更新日:2024/02/03

水穂伝のなりたち

神社


皇国(みくに)はもとより文字というものなく、言灵(ことたま)の佐国(たすくるくに)にして、五十連(イツラ)十行の形仮名(かたかな)は神代の御書(みふみ)なり。この御神書をもちて、天地及び万物の初発(はじまり)を知りて一として足わずということなし。
(言霊秘書p.6)



水穂伝のなりたち

◎711年 伏見稲荷大社創建

◎712年 古事記成立
 ・稗田阿礼の口伝を太安万侶が文字にして元明天皇に献上。
 ・稲荷古伝の水火の御伝(いきのみつたえ)が根底にある。

◎718年 六郷満山開創。
◎725年 宇佐神宮創建。

◎荷田竜頭太と弘法大師空海(774-835)

◎荷田訓之と山口志道(1765-1842)
 ・荷田家古伝「稲荷古伝または水火の御伝(いきのみつたえ)」(稗田阿礼伝)
 ・山口家古伝「布斗麻邇の御灵」


山口志道
山口志道



言霊のなりたち

◎灵合(れいごう)=神による宇宙創造コード
 ・サンスクリット語
 ・悉曇(梵字)
 ・玄語
 ・言霊(ことたま)
 ・カタカムナ



神社



〔引用〕
水穂伝附言(水穂伝まえがき)



記事更新日:2025/10/04

稲荷古伝五十連法則(十の言灵)

稲荷古伝五十連法則(イツラノノリ)
稲荷古伝


正火の灵
正火の灵と云は、水に火()の音なし。p.386(ホ)
◎火の初て起るときは、の音を起す。p.386(ホ) 
◎万物皆、火にあらされは起ることなし。p.386(ホ)
◎草木芽を生するは、陽
の火の力(チカ)らなり。p.386(ホ)

◎五十言の音を起す始めゆへに、正火の灵の火
の音より起るなり。p.387(ホ) 
◎天地も万物も、其始はみなホチ)也。p.387(ホ) 
★ 
◎正火の灵に在て、は火の灵なるを、水を宰て、かゝやくの、尖(トカル)のと云は、水火にかゝはりて云には非す。物の初をと云より、月の出るときに、東天のトカルと云こと也。p.388(ホ)
◎正しく吹()分(ワカツ)ものは火()。p.398(フ)
は正火の灵にして、天を回る火也。p.402(ヒ)
◎凡(おほよそ)火に三種あり。天を回る火、万物胎内の火、水中の火。p.402(ヒ)
◎是は、詞の用(はたらき)にあらす。故に、只(ただ)天を回る火也と、ことはる也。p.402(ヒ)

◎天を回る火は、水中の火にあらすして、正火故に、天の火をただ日とのみ云也。p.403(ヒ)
◎人にのみ、出入の息あるに非(あら)す。日月四時の運行は、天地のイキ也。海水にては、潮の満干は大海のイキ也。皆是、正火の為に動かされて、出入の息有なり。万物皆かくの如し。p.403(ヒ)
◎人死して、胎内の正火のの無くなるゆへに、出入のイキなし。故に、是をなき灵(タマ)と云。天(あ)めの御中主のの、正火のなきと云ことなり。ナキカラと云も、正火のナキカラと云ことなり。故に、今(いま)正火の灵の火()に、出入の息の本と有(あり)。p.403(ヒ)
◎穴(アナ)とは天(アメ)也、〇()也とありて、天の御中主の、めくりの輪をと云也。は正火の灵也。然れは、アナと云(いひ)、〇()の正中と云(いふ)。〇()の正中なれは、天の御中主のの火也。故に、穴を樋()と云(いひ)、樋口なと云(いふ)しかり。アナのこと也。難して曰。天の御中主の形には、の火あり。今、世間に申す穴と云は、空の穴にして、正中に火のなし。其火のなきはアナにして、何そ是を火と云や。答曰。真の火は貌見(かおみ)へす。形有(ある)は火の活用なり。御中主の御灵の☉形は、形無きの真(まこ)との火を形に顕して、見せしむるの形☉也。真の火、真の水は、見るへからすの空躰也。其空躰たる真(まこ)との火、万物を興し、動し、はたらきの用の備る故に、是(これ)無にして有なり。有にして無なり。〇(穴)に物を動す空躰の真火あれはこそ、万物の穴によらさるはなし。天は空躰の穴なるか故に、万物を産む。是、御中に真の火か有(ある)故なり。凡(すべ)て穴より生して、穴の中に住す。死して又、穴の中に入。眼耳鼻口屎(シヽ)尿(ハリ)乳(チチ)、皆穴あるを以(もて)用をなす。其外、草木桶鉢盥(たらい)茶碗茶杓針釘、皆穴有(ある)を以(もて)用(はたら)きをなす。正火の火の灵は空躰にして、しかも能(よ)く物を動かすの活用の有(ある)故なり。穴の空は、即真の火の灵、能(よく)物を出入して動かすか故に、穴をと云。空躰にて其用ありと云とも、老子の虚無自然の教へとは異なり。p.403-404(ヒ)
◎正火の灵にして、真の火なるか故に、真の火は空躰にして、有にして無なるか故に、非すの法(の)りなるなり。p.404(ヒ)
◎真の火は、空躰のものなれとも、無也。又、無にして有也。有にして無也。p.404(ヒ)
◎上下、前後、左右に名をなす、水と火の二つの離るゝを、と云。p.412(ハ)
の一滴、天地の始ゆへに、正中を宰ると云。空躰の正火の灵より、形顕はせし一滴の水故に、火中の水灵にして、潤ふ水也。故に今、月の灵なりと有も、真(まこと)の水は形(かたち)なし。形顕れて月とみゆるは、火中の水灵に、正中を宰る月の灵なりと有なり。p.406(ミ)
◎真(まこと)の火の躰には、凝る物に非(あらず)。影は火の用(はたらき)にして、降る濁水に引息の火こりこつて、暉き昇る程にこる故に、是をと云。p.452(コ)
◎正火は躰にして、暉く物に非(あらず)。暉く火は用にして、火の影なり。p.462(ケ)
◎真の火に形見へす。形をなす火は、火の用にして、則(すなはち)影也。p.471(キ)
◎影と云に二種あり。正火より出る影と、影より出る影有と知るへし。p.472(キ)
の音は、暉く火灵にして、暉は是(これ)火の用(はたらき)にして、正(たたし)き火の躰は暉くものに非す。p.474(カ)


空中の水灵
行は、天に位して、下に居らさる故に、空中の水灵。p.389(オ)
行のは、天に位して、空中水灵。即、出る息の也。p.408(イ)
◎下に居らさる故に、空中の水灵。p.408(イ)
は空水の水灵にして、ミヅカラ(自)のこと。p.414(ハ)
は空中の水灵のゆへに、無にして有なり。用(はたらき)を見るときは、有にして其形見えさる故に無なれとも、用(はたらき)有か故に有也。故に、無に非、有に非。p.415(ア)
は空中の水灵にして、は回ること。空中の水の回るを、アメと云。空中の水は、常に回(めぐる)を以(もて)躰とす。時有て回るに非。何れの水も、回らさるはなけれとも、時に回らさること有。今、空中の水は常々回れとも、目に見へるものに非。目には見えされとも、常に回りて、昇り降りするときは、中(う)ちの陽の火の和して、水の形をなして降る。此時、初て人是(これ)をみて、アメと云。是、初めてのアメにあらされとも、空中の火氣に和せさるときは回れとも、人の目にはみえさるか故に、アメ也と知らす。火氣の和して、水の形をなす処にて、初て人アメと云。故に、アメは空水の回る水の故に、空中に有て、降る道をアメ(雨)と云。正しく地に落ちて後、水と唱て、アメとはいはず。如此、空中の水の回るに付て、アメと云名をなす。其空中に回る水の灵は、此の音故に、アメをたゞとも云。人のアタマと云も、皆アメの灵と云こと也。p.416(ア)
は空中の水灵なれは天也。p.418(ア)
◎搦むこと、目に見えさる故に、は空中を回る水の故に、の音にオノツカラと有也。p.418(ア)
也とは是空水の回る形也。〇は円満の義にして欠ること無き相(スカタ)也。p.418(ア)
の音は、空中の水灵にして、形をなさす。只(ただ)空躰にして、自ら天を回るのみ。p.420(ワ)
は空水の水にして、自()ら也。p.425(ヤ)
行のは、火の為に割分れて、昇る水火(イキ)の息也。p.429(イ)
行のは出息也。p.429(イ)

・形無き水灵は、本来寂然(せきぜん)として為限(シキリ=水切)なし。p.487(シ)


水火の灵
行を水火の灵と云ことは、水火交りて、ワ井ウヱヲの音をなす。p.391(ヲ)
◎水は昇るへきものなれとも、火交れは火の為に濁りて降る。p.391(ヲ)
◎地を宰とりて、語の下にのみ有り。p.391(ヲ)
は水火の灵なれとも、終は水を宰るゆへに、水はたてなる物ゆへに、終りのにタテ也と有。p.393
(ヲ)
の音は、水火の灵、水火水(シホミツ)也。p.420(ワ)
の音は、地を宰りて、万物の形をなす。先に、の音もなりとあれとも、空中の水灵にして、形をなさす。只(ただ)空躰にして、自ら天を回るのみ。正しく万物の形をなすものは、シホミツ(水火ミツ)にあらされは、なすことなし。シホ離るゝときは、形をなさす。草木芽かひを生し、葉を出すも、水火の睦む故也。水氣盛をすきて、火氣勝ときは枯れ、又(また)火氣去て水氣かつときは崩るゝなり。又、其躰枯たりとも、有情非情にシホ水に入置ときは、朽ることなし。必(かならず)一度はたもつ。其他、何にても、シホ放るゝときは、形をなすこと無きもの也。故に、美はしく、形を粧ひしたるを、シホラシクと云。老てうるはしき形なきを、シホナキウハと云。若きときは、春の盛の花の如く、其形美はしきは、シホの盛なる故也。又、老ては秋の草木の枯行如く、歯落て、腰の曲れは、シホの衰る故也。如此、貌をなすは、シホに非されはなすこと難し。今、此の音は、地の方を宰りて、万物の形(かたち)をなすゆへに、シホ水也と有。偖(さて)、こゝに不審の有は、先のの音にも潮水とあり、今此シホミツ(水火ミツ)と云は、何如なる差別ありや。云(いは)く。シホ水は、万物を搦みて備へたるシホ水にして、形をなすものに非。たゝ、自(オ)搦みて備たるのみ。形をなすものに非。此の音は、正しく形をなす処なり。是(これ)、渾沌の、天地と形を顕す処の、其形能(よく)顕すものは、シホミツ(水火ミツ)也。故に、此行は、水火の灵なり。又、水火の灵と云にも付ても、先の如く難あり。さきの如く、一物の水火と顕れて、水は澄上り天となり、火は凝り降りて地とならは、此行は地の位にして、火の灵のみ有へきに、何故水火の灵と云や。又、行を水火の灵といはゝ、行も亦(また)空水の灵とのみ云はずに、火水の灵とも云へきに、今しからすは如何。解(と)きて云。此訳は、昇るは水にして天、降るは火にして地なれとも、天は空にして形なし。地は初より形を顕はす。形顕るときは、降る火に水氣の交る故也。水火交はらねは、形成(なす)ことなし。今、天も形(かたち)をなして、日月星辰と顕るゝときは、空水に火氣交る故なり。今日にて天を云はゝ、形をなして火水の灵なり。しかれとも、開発の始めは、天は空也。地は、其時より形をなす。故に、地を宰る行には、水火の灵と云て、空躰を宰る。天には、たゝ空水の水灵とある也。学ぶ者、深く思ふへし。p.420-422(ワ)
は地なり。地は総(すべ)て水のをなす故に、は水火の灵にして、水火交はらねは、水のをなすことなし。父の火と、母の水と交るか故に、一滴の水のをなす如(ごとく)、は地にして、水火の凝故に、水のをなす。p.422(ワ)
は水火の灵の故に、水昇りて、玉のをなす。是を露(ツユ)と云。p.422(ワ)
は引汐也。又、天地人万物を搦て備たるシホミツ)也。p.429(イ)
の出息を、引汐か搦みて文をなし、の入息を起す也。p.429(イ)
の灵の火か、の濁水と與て、水火與みて、水火(カタマル)をと云。p.455(ソ)
の灵の火か、の濁水と與て、入終りて、全躰の形無き法則出る。p.456(ソ)
◎火、水中に入て、形見えぬより、形無きの法則出る也。(と同じ)p.456(ソ)
は、惣(すべ)て万物の正中(まなか)を昇る水の灵とありて、此ときは火は躰にして、水は用也。水の昇るは、火のために動されて昇れとも、昇る用(はたらき)の水は形を顕す。又、昇らしむる火の躰は隠れて、形(かたち)見えす。故に、この音の形を見るへし。火の点は短くして、水の点は長し。又、此昇る水は用にして、其形顕れ、昇らする火は躰にして、形見えさる。只(ただ)、形を目に見するの業(わ)さ也と知へし。今、形なしと云は、火の躰、水中に入隠るゝを、火水の灵と云より、の音の形(かたち)なしと云。p.456(ソ)
の音は、昇る水の水灵にして、水なるか故に遅(オソイ)こと也。尤、火の為に昇る水なれとも、火は水中に入て形無く、昇る物は只水なれは、火水の灵とある。惣(すべ)て、昇水の灵にして、水灵なることを心得玉へし。p.456(ソ)
の音は、火、水中に降(クタ)りて火垂(左)をなし、水は昇水にして水氣(右)なり。其形を見て知へし。此火垂と水氣と有故に、ソの音に揃(ソロフ)也と有。p.456(ソ)
の音は、水火の灵にして、火、水中に入て、水、形をなすの音故に、水火(シホ)と云。と云ものは、火、水中に入て、其水の凝たるをシホと云。故に、浦人のシホを取るにも、暑氣の時、常に天の陽()を待て塩を取る。シホは、は昇水の水の灵也。は、正火の灵也。火の為に水昇りて、形をなすと云の名なり。故に、天に有りてはホシ)と云(いひ)、地に有りてはシホ)と云(いふ)。時に、水の為に火、光りをなす。故に、天に有ては、又シホと云。時に、火の為に水形をなす。故に、地に有て、シホといふ。此地中に生する物は、海水に限らす、皆シホ也。勝れたる名を負せて、海水のことのみシホ)と云。p.457(ソ)
の音は火水の灵にして、火、水中に入るの音の故に、ソコ(底)也と有。p.459(ソ)

の音は、火水の灵にして、水の動きて形をなすもの。其水中に火の與故也。p.461(ソ)
の音の火水の凝りと云は、胎内に凝りあれとも、表に見へず。表は只(ただ)、昇水の灵にして、水の用(はたらき)ばかり。火は胎中に隠れて、水を宰る。p.461(ソ)
の音は、火、水中に凝れとも、火は見えす。水の用(はたらき)ばかりに故に、トコロと云(いふ)法則有て、方所の所の字を借る。p.461(ソ)
◎初めの音は、火水の灵にして、水火の與み初め。p.469(ス)
・昇水の灵なれとも、其昇水と、水動き昇るは、ソの音。p.464(セ)
・火、水中に有て昇らす也。p.464(セ)


火中の水
◎実(マコト)の火は象(カタチ)なし。是を火の(タイ)といふ。象を見する時は火中に水有。故に燃(モユル)。是を火の活用(ハタラキ)といふ。p.9(水穂伝附言)
◎恵(クム)は、火中の水灵にして、軽く和らかなり。p.398(ヱ)
は潤水也。p.405(ミ)
◎火中の水なれは、水(ミツ)、火を潤すことにて、地中に水溢れ、其土自ら潤ふ。p.405(ミ)
は、火中の水灵ゆへに、正中を宰る也。p.405(ミ)
の一滴、天地の始ゆへに、正中を宰ると云。空躰の正火の灵より、形顕はせし一滴の水故に、火中の水灵にして、潤ふ水也。故に今、月の灵也と有も、真(まこと)の水は形(かたち)なし。形顕れて月とみゆるは、火中の水灵に、正中を宰る月の灵なりと有也。p.406(ミ)
◎父母の水と水と與み與みて、其凝は躰の火に動かさるゝ故に、火中の水灵とある火も、焚(くべる)ときは鼎(かなえ)の中の水の回るか如く、惣(すべ)てこのの音は真の水にあらす。水の用なり。真の火の為に動されて、水用(はたらき)なして、月()となり、虫()となり、五穀()となる。火の為に鼎(かなえ)の水の形をなして回るか故に、の音に渦巻なりとあり。p.407(ミ)
水か火に與合されば、火は火にしてあつく、水は水にして冷かなり。是、寛(ルヤカ)ならす。p.439(ユ)
の音は、火中の水灵の音なれは、渦巻ひそまるより出る法則也。p.499(ツ)
◎伊弉冊(イザナギ)のイキは、火中の水となりて、顕るゝ。此一行は、タチツテトの水中の火灵、は火中の水灵なり。は潤水にして、の火と與み舫ふ故に、始に舫ふのの灵起る。p.505(モ)
は、惣て火中の水灵故に、残らす潤水也。火中に交る水は、清らかならす。必ず潤ふ也。余の四音、推て知るへし。p.505(モ)
◎火中の水の、の音故に、モヤウ也とあり。惣て、一行の中にも、最下の一音は、上の四音を束ねて、殊に重き故に、此は惣て、の火と與み舫ふ一行なれとも、舫(モヤウ)の法則は、此の一音に在(ある)と知へし。故に、一を十()に與たるを、と云。十(トヲ)を十()を與たるを、百(モヽ)と云。是、のくみて、になる故に、火中の水灵のの音に舫(モヤウ)也とある。p.505(モ)
◎堨(カタマル)は、は搦(カラム)こと。は灵(タマ)をなすこと。搦て、円かに、玉なると云語也。夫を堨ると云。是、舫(モヤフ)の義と同し。然れとも、少しく差別あり。舫は、文(アヤ)に與むこと。堨るは、文(かざ)りなりして、強く與むこと。舫は與むことの軽く、堨るは與むことの重きと知るへし。しかれとも、火中に水與むと云(いふ)法則(のり)は、同しきと知るべし。p.506(モ)
は、丸きを宰りて、空躰なれは、の火與む故に、火中の水灵となりて、形を顕せとも、〇(丸)にして空躰と知るへし。是には口訣あり。月は、元()と光りなし。日の光り月に入て、月光りをなすの伝へ、に有と知へし。p.507(モ)
の火と與み初めて、搦み與むの音故に、回(メクル)也。p.507(メ)
◎物(モノ)を睦(ムツミ)、合するときは、舫(モヤ)はせたる斗(ばかり)にては能(よく)回らす。依(より)て、今此の音は、タ行の火と、いよいよ舫ひ回るの法則也。p.508(メ)
の音は、火中の水灵にして、回(クル)音故に、群(ラカル)也。p.509(メ)
◎無(ナキ)は、は凝(コル)こと。は暉く火の灵なり。水、火の中に凝ると云こと。は、惣て火中の水灵にして、水の火に凝るの一行なり。其一行の中にても、此一音は中言に在て、余の四音に替て勝るゝ。水、火中に與み凝れは、火の為に水消為す。たとへは、鼎(かなえ)に水を入て火をたけは、竟(つひ)に水は火の為に消散す。是をナキ)と云。又、火も水中に與み凝れは、火の形を隠す。是、氣の凝(こる)故(ゆゑ)なり。惣て氣こり、これは其形を隠す。是をナキ)と云。今、の音は、火中の水の凝り究るの音の故に、は無き也と有。則、と云の一言にて、無()の語に用ると知へし。是、與るのの音なるか故なり。是、無の字にナキと訓するは、和漢の灵合なり。p.510(ム)
◎・は、水、火中に凝り睦み究りて、形を隠して、外に睦(ムツム)の一無き故に、今空(ムナシ)きなりとも。是は、彼の虚無の空(むなし)き義には非。形無き、本来虚無の空(ムナシ)には非。既に、と形顕せる火水は、有なり。このは、火中の水にして、の火、水中に與み睦みて、形隠すのなり。故に、空(ムナシ)き也とは云とも、本来の火水空(ムナシ)き訳に非。形顕すの火水有にも非。故に、ア(〇)は五十音、火水のいきの惣名にして、無にして有なりと有て、今神代の学ひは有に非、無に非。しかも、有也と教ゆる処の、理(ことはり)の正しきこと知るへし。p.511(ム)
は、火中の水灵にして、火に水與て、ス一に睦むの音の故に、結フ也と有。p.512(ム)
◎ムは、火中の水灵にして、水、火に與みて、睦むの音なる故に、結也と有。p.512(ム)
の音は、火中に水與(クミ)結(ムスフ)の音の故に、睦(ムツム)也と有。p.512(ム)
の音は、火中に水睦むの故に、)をなして渦巻也と有。p.513(ム)
◎鼎に水を入て火を焚くときは、火中の水となりて、必ず渦巻なり。火中の水灵なるか故に、の音に
渦巻也と有。p.513(ム)
◎火中に水與(クミカタマル)故に、黒(クロ)也と有。p.513(ム)
の音は、火中に水與(クム)の音なり。p.513(ム)
の音は、火中に水與(クム)の音にして、火中に水與むときは、即(すなはち)消失(ウシナヘル)也。先に解か如く、鼎(かなえ)の水の火の為に、きえうせるか如し。惣て、万物與み究るとき、消失せるもの也。一粒の米も、天地のいきの凝なれとも、凝り究れは、水氣放れて、かれかれになり、消失(キエウスル)也。花も、陽の火に凝()らされて開くも、凝り究れは、散失(キエウセル)也。p.513(ム)
の音は、睦むの義にして、火中の水灵なり。其睦み究れは、竟に形隠して、無()に至る。是を空(ムナシ)き也と云。是を、イキの終りと云。故に、の形顕せし、火水の與み究りて、其形を本源に隠して、黒き也と有。p.514(ム)
は、惣(すべ)て火中の水灵にして、円(ロキ)を宰て、光なき空躰の水、火中に向ひ合て、光りを放つ一行なり。p.516(マ)
は、五十連の結ひ言にして、初めの一言より起り、アワの二つ現して、に凝はいよいよ降り、澄めるはいよいよ昇り、天地の文目分れ、其分かれし天地の火水又(また)與み合て、本(モト)のをなす。その根本のをなさんとて、今火中へ水與み搦む。至極の音也。p.516(マ)
◎眼(マナコ)は、は向こと。は並ふこと。は息の凝ることにして、イキ(水火)とは、則(すなはち)日月也。右は水にして、眼は月を宰り、左は火にして、眼は日を宰り、故にマナコとは、いき凝りて並ふと云名也。今、の音は、火中の水にして、イキ凝並ふの音の故に、眼也と有。p.516(マ)

の音は、火中の水、群り與むの故に、回(クル)なりと有。p.517(マ)
の音は、元(もと)水は水、火は火と分れしものか、水、火中に與合せて、何れか水とも、何れか火とも、竟(つひ)に分らぬやうになる。是を、曲(マカル)と云。今は、本来に背くを曲(マカル)と云。直なるものは、直ならさるやうに背ことを、曲(マカル)と云。今、此の音は、火中の水灵にして、元(もと)水は水に明らかに、其躰火の外に有し水の、今火中に與み合て、何れか水とも分らぬやうにくむ音故に、水火別々に有し理(ことはり)に背く也。故に、曲(マカル)也と有。マカリマカルと用(はたらき)てマカの反也。p.510(マ)


水中の火
は水中の火灵にて、澄也と有れは、水の火の為に空へ立上るの形。p.412(ハ)
の出息を、引汐か搦みて文なし、の入息を起す也。p.429(イ)
の音は、天の水と地の火と與て起る音の故に、寛(ユルヤカ)の義をなす。p.430(ユ)
は水中の火灵。p.430(ユ)
◎水か火に與み合ふゆへに、寛(ユルヤカ)なり。p.430(ユ)
◎水火和らき、文(アヤ)に與(クム)の音ゆゑに、。寛(ユルヤカ)なり。p.430(ユ)
◎水中に火交る故に、と云。は水火の和也。p.430(ユ)
◎春は陰中より陽顕れて、火水和らき與ゆゑに、不寒不熱にして、此時を寛(ユルヤカ)と云。p.430(ユ)
◎君は火、臣は水。其君の火、臣の水と能(よく)和らき與ゆへに、国家ゆるやか也。p.430(ユ)
◎父は火、子は水。父子の水火和らき與む故に、家ゆるやか也。p.430(ユ)
◎火水の和也。p.430(ユ)
◎火は火、水は水なれは、にあらす。p.430(ユ)
◎水中に火交る故に、と云。p.430(ユ)
◎水火の躰、本(もと)形(カタチ)無く、形(カタチ)顕(アラハレ)て流(ナカルゝ)は、水の用(はたらき)なり。其流るゝ水の用(はたらき)をなすは、水中に火交る故也。水も元(もと)動さるもの。その動さる水を動すものは火也。動くものは水なり。今、の音に水中の火の灵とある故に、流水なること弁ふへし。p.431(ユ)
◎今の音は火水の灵なりと有て、万物皆(みな)火水の和(やわらく)より顕るゝ。天地の火水の和を離れて、万物なることなし。今、の音は、行の水と行の火と、あやに和(やわ)らくの音故に、万物是より生するの理(ことはり)を含むの故に、従(ヨリ)の心をなす。p.432(ユ)
◎今、の音は、水中の火灵なりとありて、火水の交りて躰定むる。故に、万物なる。p.432(ユ)
行のは、天地の水火文(あや)に與て、露を為(なす)の胞衣故に、たまる水なり。なかれさせ、又たまらさるものは、火の用(はたらき)也。故に、も、ともに水中の火灵にして、水中に火ある故に、流るゝ水となり、溜る水となる。故に、今の音に溜る水とある。p.432-433(エ)
行のは夜の胞衣()也。是は、夜の八つ時を云。此時は、陽氣の火、陰の水中に潜まりて、水中の火となるか故に、の音に夜の胞衣と有。p.433(エ)
行の眠の胞衣)也。夜の八つ時、息(イキ)元(もと)の胞衣に納る故に、眠の胞衣なりと云。此語のは根也。は睦む也。息の根に睦(ムツ)むと云こと、根入(子イル)と云こと故に、子ムルことは人のみに非。天地の息も、丑の時には本元の胞衣に入(いる)。人も天地も、ともに本元の胞衣に心を収る。是、根に入か故へに、眠ると云。如此、子ムリの胞衣は、時に約すれは丑の時也。これ、水中の火にして、陽の火、陰の水の正中に形(かた)ちを隠す時なり。故に、今は、水中の火灵なれは、夜の胞衣、眠りの胞衣とある。凡(すべ)て、行は天地の父母、あやをなすことを宰るの行にして、始にヤイと息を文に与(くみ)、に至りては、水火和らき與(くみ)て、流るゝ水となりて、一滴をもらし、其一滴今(いま)此胞衣に至て、ツユと円(まどか)になる。其露と円かなるときは、水の形をなして、火は水中に形を隠す。爰(ここ)か、眠りの胞衣也、夜の胞衣なりと思ふへし。p.433(エ)
は水中の火灵とありて、與(クム)義なり。p.464(セ)
は、昇水の灵なれとも、其昇水と、水動き昇るは、の音の処にて解か如く、火、水中に有て昇らす也。火のために水動き昇る故に、昇る水の灵の中に、此の音に水中の火灵と有。則、水火の與み合せ也。其の形を見て知るへし。p.464(セ)
◎水中の火灵たる、クムの音に、ヨロヒなりとある。p.466(セ)
の音は、水中の火灵にして、火は水の底に入りて、形を隠して、水斗(ばか)り昇りて、きよらかなる音の故に、スメル也。p.468(ス)
◎住は水上の所に住するを云とあり。皇国の語にも、水の上に、一つの凝(コリ)の出来たる事なり。即、嶋(シマ)也。凝(コ)るものは火也。しかれは、今の音は、水中の火灵なれは、也と有なり。p.468(ス)
◎火強けれは、鑵中の湯氣澄()み昇るか如し。其昇る水は、ス一にして曲らす。又、飾り無し。故に、の音に直()也とある。ソセスシサ)は、昇水の灵の中に、或は水中の火灵、又は火水の灵と差別あることは、心得の有ことにして、昇水の灵とは、水の昇るは、火の為に動かされて昇る。火水を動かすときは、水中に先(まづ)火入されは動かさず。水中に火降り、睦故に、臣(おみ)君(きみ)の命令を受、妻夫の為に動く。是、自然の理(ことはり)なり。昇水の灵の行の中に、火水の灵、水中の火灵、此意味を以て解分くへし。其訳は、初めの音は、火水の灵にして、水火の與(クミ)初め、次にの音は弥(いよいよ)火水與の極り也。今、の音は、火、水中に與み極りて、火の為に動かされて、水昇り初()むるの音なり。是、一(い)ち行の正中(まなか)なれはなり。ソセと與て、にて昇るのみの用(はたらき)有る故に、たゝ昇水の灵と有る。是以て、上のの暉火の灵、中に影の火の灵有こと知へし。p.468(ス)
◎火に位する行の伊邪那岐(イザナ)の氣(イキ)と、水に位する行の伊邪那美(イザナ)の氣(イキ)と、與(クミ)舫(モヤヒ)て、天に立(タチ)昇(ノホリ)、水火(イキ)御合(ミアヒ)連(ツラナリ)円(マロカリ)て、伊邪那岐(イザナ)の氣(イキ)は水中の火の一滴となりて降(クタリ)、万物の灵根を宰る行となる。その灵(マ)よりの灵起り、一より百千万の数に至(イル)の義をなす。p.369
行起りて、澄む物は昇りて天となり、濁るものは降りて地となる。人の言語の差別をなす。しかれは、此二柱(ふたはしら)のいき和して、伊弉諾のいき、伊弉冊のいきに入て、水中の火となりて下る。これを行と云。p.490(タ)
◎灵(タマ)とは、伊弉諾のいき、伊弉冊の水中に降りて灵をなす。故に、水中の火灵とある。p.490(タ)
の音は、水中の火灵にして、父の火、母の胎内の水中に垂(タリ)て、灵(タマ)をなすの音也。故に、息の根なり。p.491(タ)
の音は、水中の火灵にして、万物の灵也。種也。故に、是より大いなる物なし。今、天地と開け、万物と広かるも、其本(モト)は伊弉諾、伊弉冊の二柱の火水(カミ)與玉へる、一滴のタマより生る。一滴の灵(タマ)、割別れて天地万物となり、子々孫々となりて、永世尽ることなし。故に、大(オホイ)なるものは、水中の火灵の一滴にすきたるものなし。p.491(タ)
は、水中の火灵の一滴の灵をなす音のゆへに、溜水とある。p.492(タ)
の音は、水中の火灵にして、万物の灵也。種也。万物、一つの灵の種より開けたるものにして、万物本(モト)一つの灵(タマ)にして、違はさるもの也。故に、は正(タヽシキ)也と有。若(もしくは)、意と意と合ふかゆゑに、正しと云也。既に、種(タネ)のの灵起るに順ふて、一より百千に及ふのの灵起る。p.493(タ)
の音は、水中の火灵。胎内の火灵。p.493(チ)
◎父の火、母の水の胎内に宿(ヤトル)の音故に、胎内の火也と有。p.493(チ)
◎父の火、母の水中に垂りて、玉(タマ)をなし、種(タネ)となる。p.493(チ)
◎其種(タネ)、一粒にして百千の数に至(イル)るの灵起る。p.493(チ)
の音は、水中の火灵にして、胎内の火なるか故に、これ血(チシホ)也と有。血(チシホ)の赤きは、直に火の色なり。故に、血に穢れたるときは、火を以(もて)清むる。是、と火と同躰なるを以(もて)、にかへて火を改むる也。尤(もっとも)、血の流るゝときは水にして、是(これ)火水なり。又、水火(シホ)なり。其ときは、とは云す、ノリと云。は水なり。水火の二凝ニコリ=濁)の降(クタ)る也。故に、流るゝに名をなす。血()と云は、胎内の火なるを云。今、の音は水中の火灵にして、胎内の火なるか故に、チシホなりと有。地中の火と、胎内の火と、人に有ては胎内の火、天地に有ては地中の火。然れは、の音は、天を回るの火。の音は、水中の火。の音は、地中の火。この法則(のり)を以(もて)、ヒチスの三言同灵同義をなして、相通すると知るへし。p.493(チ)
行は水中の火にして、暉く火の灵の現るへき氣の隠れたる処也。p.494(チ)
の音は、水中の火灵にして、母の鏡の水中へ、父の剣の火和らき睦むの音故に、ツルキ也とある。是、イキツルム(本語ツルクム也)のこと也。p.495(チ)
の音は、水中へ火與みて、一より百千に動くの義をなす。p.495(チ)
◎母の水中の火は、父の一滴たりたるの故に、は父の灵とある也。p.495(チ)
◎今日息をなすの本は、父の一滴也。p.495(チ)
◎水中の火灵は、息(イキ)の本にして、也。息の本也。p.496(チ)
は、一より百千に及ひて、息の本をなす。p.496(チ)
は、水中の火灵にして、息の本なるか故に、五穀也。p.496(チ)
◎鳥(トリ)は陰中の陽物なるか故に、今火中の水灵とあり。の音に鳥の灵也と有。p.496(チ)
の音は、水中の火灵にして、一つの物の)の最初なり。p.496(チ)
の音は、水中の火灵にして、息の本(もと)なり。p.496(チ)
の音は、水中の火灵にして、一(ヒトツ)物のホチ()の最初なり。p.497(チ)
の音は、父(チチ)の一滴の一物、其物に隔(ヘタテ)を入て、百千に及ふの音也。p.497(チ)
◎上に一つ也と有て、中間に年月日時の灵なりと有は、元旦の暁(あかつき)に、水中の火の、天の御中主の一物與みて時をなし、時をつゝめて日をなし、日をつゝめて月をなし、月をつゝめて年をなす。如是、元旦の)の一滴より起りて、年月日時の隔(ヘタテ)をなす故に、今一つの)より百千に及ひて、の音三つ也。p.497(チ)
は天を回る火。は地中の火。是、同灵なり。p.497(チ)
の音は、火中の水灵にして、火中の水は必(かならず)渦巻(ウツマク)也。p.498(ツ)
◎約ツヽは、火中の水灵の音なれは、渦巻(ウツマキ)潜(ヒソマル)より出る法則。p.499(ツ)
の音は、水中の火灵にして、其水はヲミナ(女)なり。其水に與む火は、男(ヲトコ)なり。故に、今男也と有。p.502(ト)
◎水中の火の、與み與みて(カタマル)ことを、轟(トヽロク)と云。今、現に、水中に火を入るれは、必す声を発して轟く。今、此の音は、水中の火灵なるか故に、轟也と有。p.502(ト)
◎解(トクル)とは、は與(クム)こと。も與(クム)こと。水中の火の與むを、解(トク)と云。偖(さて)、こゝに心得あり。水をトクと云も、與(クミ)凝(コリ)て有ものを発つの語。今、與(クミ)與(クム)の義なるを、物を放つことに用ゆるは、心得かたきやうなれとも、本来の語を能(よく)解(トク)へし。氷は、只(ただ)氷の儘(まま)にてはとけす。其氷に、春の陽氣の火か 與(クミ)結ひたる故に、氷もモトの水に解(トクル)也。是を、トクと云。 又、解(トク)と云語を解(トク)にも、其音に法則與()ませて解(トキ)分(ワカ)る也。帯も結ひたるに、手を與(クミ)入て解(トク)也。如是、水中へ火與(クム)か故に、解(トケル)。故に、水中の火灵なるの音に、トクル也と有。p.502(ト)
の音は、の火、此水中に與(クム)の音なる故に、トフ也と有也。p.502(ト)
の音は、火、水中に與の音にして、火、水中に與めは、万物基(モト)をなすか故に、モト也。p.503(ト)
行は、水中の火灵にして、一つの灵をなし、一より百千に及ひ及ふの基也。p.503(ト)
の音、地に位して、上の四音を束ねて、ことに重き故に、別て基(モト)也と有。p.503(ト)
◎火の水に與むの、水中の火灵なるか故に、人也と有。火水の與むを、ヒトと云か故に、の音に人也と有。白ふ人、黒ふ人、仲ふ人なとのは、皆人のことと思ふへし。p.503(ト)
◎止也。トトムとは、トトの反にして、は與こと。は睦むこと。與睦を、トヽムと云。今、水の中に火與み睦みて、玉をなして、更に変ことなく、永世尽ることなし。故に、トヽムと云。人のこゝに止マルマルの反)と云も、能(よく)睦みて動かさるを云。今、の音は、水中に火與み睦みて、玉をなして、更に変らさるの音故に、止(トヽム)也と有。タチツテトは、玉(タマ)つゝきて、今爰(ここ)に止まることにして、ヒフミヨイムナヤコトと、止り終る也。p.503(ト)
◎水中の火灵の(ホチ)割分れて、百千に及ふの音故に、昇也と有。p.503(ト)
の音は水中に火與みて、一物のヽ(ホチ)をなし、百千に及ふの音故に、速(ハヤキ)也と有。p.504(ト)
の音は、水中に火與みて、與み褐る故に、所(トコロ)也と有。p.504(ト)
は、統(すべ)て水中の火灵にして、一より百千に及ふ父の灵なり。
◎実の水は象なし。是を水のといふ。象を見する時は水中に火有。故に流(ナガル)。是を火の活用といふ。p.9(水穂伝附言)


水の
の音は、回(メクル)水也。p.437(ノ)
の音は、出る息の中に、先つ始に位するゆへに、水の灵也とある。p.437(ノ)
の音は、回(メクル)水の灵也。p.437(ノ)
◎回(メクル)と云は、動きて離さることなり。p.437(ノ)
の字にて語を回り動かして、しかも又、離れさるも水の用(はたらき)。p.437(ノ)


濁水の
は濁水の灵にして、降ること。p.393(ヲ)
行は惣(すべ)て濁水の灵也。故に、澄むは上り、濁るは降る也。p.449(ラ)
行は濁水の灵にして、降るなりと有。p.449(ラ)
行は、助言をなすにも、言(ことば)の上になく、只(ただ)下(しも)にのみある。p.449(ラ)  
は濁水の灵にして、下(くだ)るゆへなり。p.449(ラ) 
息息(イイ)の両(フタツ)を宰るp.450(リ)
◎火水の息、逆(さ)からはずして、共に循環するの形をという。p.450(リ)
◎熱氣の火、口の中に凝るか故に、共に濁水の灵なり。p.452(リ)

◎ラリルレロの濁りは、降(クタル)也。p.468(ス)
・火水の別なくノ水の灵である。
・ラリルレロの濁りは、降(クタル)也。p.468(ス)


影火の
は影の火の灵にして、火を産玉へりと云こと也。p.380
は、影火の灵にして、火也。内の火、外の水に與て、内の火弥(いよいよ)盛になりて、芽さしをふかんとする。p.395(ヘ)
は、影の火の灵にして、凝()ること。p.452(コ)
◎真(まこと)の火の躰には、凝る物に非(あらず)。影は火の用(はたらき)にして、降る濁水に引息の火こりこつて、暉き昇る程にこる故に、是をと云。p.452(コ)
◎水火の和(やはら)きこるなれは、器も則(すなはち)人也。故に、屢(しばしば)説く如く、形をなす者は火水のこりにして、皆人なれはこそ、此一音に器也とある。又、総(すべ)て人の灵とある。押て知るへし。p.453(コ)
◎香(コマカ)とは、水火の凝(コリ)搦(カラム)より付し名也。故に、草木の躰に火水の二つこるか故なり。p.454(コ)
◎基本は皆(みな)水火の二凝(ニコルと云より外の法則なし。故に、同し一音に細かなり。又香(こま)か也と有る。実に奇々妙々たること也。天地自然の水火の與み離れより、其謂(いは)れをなすと思ふへし。p.455(コ)
の音の水火の凝りは、火、水中に與み凝りて動ざること。p.461(ソ)
の音は凝りて動かざる義より、処(トコロ)と云(いふ)法則出る。p.461(ソ)
行は、暉火の灵にして、影の火也。故に、キクケコの四言は、影の火の灵と有。p.462(ケ)
◎正火は躰にして、暉く物に非(あらず)。暉く火は用にして、火の影なり。p.462(ケ)
◎火の影は、物を選ひ分る活用(はたらき)有。燈火の光の、物を見分るか如し。p.462(ケ)
は影の火の灵にして、異(コトナル)也。p.462(ケ)
は影の火の灵。影の火は火の用(はたらき)により物を分ち、差別(ケチメ)をなす。p.463(ケ)
に影の火の差別と有なり。p.462(ケ)
は、都(すべ)て影の火にして、暉く火の灵なり。真(まこと)の火は、暉くこと也。暉くときは、火の用(はたらき)にして、必(かならず)水に與(クム。故に、暉(カカヤク)也。其水に與むときは、氣(イキ)降(クタル)也。父の火、母の胎内の水に降(クタリ)與(クム)。是、の灵なり。故に、イキ降るなりとある。p.466(ク)
氣()、則(すなはち)、水火(イキ)也とは、水火すてに凝て、浮ひ出るのいき也。p.470(キ)
の音は、影の火の灵と有て、真(まこと)の火に非す。夫(それ)を何そ日輪と云や。答曰。前に数々解くか如く、真の火に形見へす。形をなす火は、火の用にして、則(すなはち)影也。其形なすときは、火水二つ與みされは、形をなさす。今、此の音は、火水凝て形をなす音の故に、影の火の灵にして、氣なり。
p.471(キ)
形無きもイキ、形有も共にイキなれとも、形無きをと云(いひ)、形有をと云(いふ)。其れを合せて、又イキと云の語をなす故に、の音に息の字を仮る。の音に、氣に字仮り用ゆ。の音は暉く火の一行にして形無、天地のいきより形現せる氣なりと知るへし。故に、今の音に氣也と有。又、影と云に二種あり。正火より出る影と、影より出る影有と知るへし。p.472(キ)
の音は、形(カタチ)をなすの火水(イキ)にして、形をなすのいきは、火水の凝(コリ)極(キワマル)也。故に、限(カキリ)也とある。p.472(キ)
の音は、形なきの火水凝て、形を現すの息のの音故に、限(火切)也と有。p.473(キ)
の音は、火水の形をなし初むるの音の故に、生(ウメ)る也と有。都(すべ)て形をなす者は、天地のいきの躰より生(ウマ)るゝ氣(イキ)と知るへし。p.473(キ)
の音は、暉く火灵にして、暉(カゝヤク)は是(これ)火の用(はたらき)にして、正(たたし)き火の躰は暉くものに非す。影は、是(これ)正(たたし)き躰に非す。用(はたらき)なるか故に、暉く火の灵の、の音に影也と有。惣(すべ)て此一行は、皆(みな)暉火灵也。其中に、キクケコの四音に、影の火の灵と有は、此(この)意(こころ)なりと知へし。p.474(カ)
◎暉く火は躰より別れたる用(はたらき)の影(カケ)の故に、の音に別(ワカツ)也と有。p.475(カ)
は形現するの火なるか故に、火切(カキリ)也と有。今、此は、形現すの水なるか故に、水切(シキリ)也と有。p.488(シ)


火水の
行、都(すべ)て火水の灵なり。p.362
は空水の水にして、自()ら也。は和(ヤワラク)こと。水火(イキ)の二つ、自ら和らくことを、アヤと云。惣(すべ)て、物のくみ、模様の舫(もや)ふことをアヤと云p.425(ヤ)
の音は、アワの二音舫ひて、の灵起る故に、アヤ也とある。p.425(ヤ)
との水火あやにくみて、此の音起る故に、水火の二つを宰る。p.428(ヤ)
の音は、水火(イキ)の根。p.438(ネ)
は火水の灵にして、正中(まなか)に位し、火水の根()に舫ひて、文(あや)分らぬこと。時に合はすれは、夜の八つ時なり。故に、黒(クロキ)也。p.440(ヌ)
◎火の水中に入極也。今日にて云は、夜の八つ時に当る。故に、終也。p.440(ヌ)
は火水の正中に與舫ひて、文分らぬを黒き也とある。p.440(ヌ)
◎火水與み舫ひ、文分らぬことならは、何そ黒きと云や。答て曰。クロは水なり。然れは、水になりて火の形なし。火の形なけれは、火水の與とはいはれす。又問。水火與たる形見ゆるならは、文分れて、くみ極るとは云れす。其文分らぬ黒きは、又水の影にあらすやと云に、曰、黒きは水なりといへとも、火を與の水にして、水の一辺に非す。男女の交りは、火水の極りなれとも、其くむ極りに至れは、男の火は女の水中に形を隠して見えぬか如し。p.440-441(ヌ)
は水火與て、文分らぬ故に、ヌの音に潤(ウルオフ)也と有。p.441(ヌ)
は火水の正中に與み舫ひ極るの故に緯(ヌキ)也と有。p.441(ヌ)
は火水の正中に與み入て、火の形隠れて見え故に、也。p.441(ヌ)
は水火の凝り也。天地も、日月も、ともに水火の凝りなり。凡(すべ)て、此一行を含にて、合はすれは、の音は夜の四つ時。の音は、九つ時にあたる。の音は、八つ時に当る。此の音は、明六つ時に当る。是、八つ時に、火、水中に與み入て明かなる。是を、と云。これ、火水の凝り、日月明暗天地雲泥と差別を知る故に、の音は水火の凝なりと有。
ネヌの二音は、火水の舫ひなれとも、胎内の義にして、未た見へさる処也。故に、黒也。暗也。水火の根也とあり。p.443(ナ)
の音は、火水と形顕れて、竟(つひ)に與むの音。p.443(ナ)
は火水の灵なり。物の和くときは、正中()をなす。和がさるときは、正中()をなさず。偏(かたよ)りて、過不及を。p.445(ナ)
は、出る息の正中()を宰る一行也。其中にも、此の一音は、其法則を深く含む故に、別して正中の灵也とある。其の形を見ても、過不足なき正中の灵なることを知るへし。p.445(ナ)
は火水の和(やわら)くの音なる故に、凝(コリ)たる。p.445(ナ)
◎火水の和らき凝るか、即生()るなり。穂の生()る。実の生()る。陰陽の循環して、火水の能(よく)和らく故に、生()る也。火水和かされは、実ならす。故に、火水の和くの音に、生()る也と有。p.446(ナ)
◎火の躰、水中に入隠るゝを、火水の灵。ソの音に形(かたち)無し。p.456(ソ)
◎火、水中に入て、水、形をなすの音故に、水火(シホ)と云。p.457(ソ)
◎火、水中に與み凝て、胎内に凝りてあれとも、表に見えす。p.461(ソ)
◎昇水の水灵にして、水の用(はたらき)ばかり。火は胎内に隠れて、水を宰る。p.461(ソ)
◎火、水中に入りて凝れとも、形は見えす。水の用(はたらき)ばかり。p.461(ソ)
◎ソは火水の灵にして、水火の與み初め。p.469(ス)
の音は、火水の灵にして、右(みき)左(ひたり)を備ふ。p.499(テ)
◎天の氣は、即水氣(右)。地の氣は、即火垂(左)。此右左の動く故に、手()の音に風(カセ)と有。p.500(テ)
◎人(ヒト)は、天地の水氣、火垂より生るゝか故に、ヒトと云。天地の水氣、火垂有か故に、人を手()と云。p.500(テ)
◎火水の灵のの音は、則水氣、火垂なるか故に、児の灵也とある。今、の音は一つにして、水氣、火垂ありて、合せて百千の数をなす。p.500(テ)


昇水の
は昇水の水の灵。p.379
◎昇水の灵にして、はすゝむこと。p.412(ハ)
は昇水の灵にて、水の昇り極るの音。p.433(ヤ)
は昇水の灵にして、スメルはひとり昇る也。p.468(ス)
◎昇水の灵とは、水の昇るは、火の為に動かされて昇る。p.469(ス)
◎火水を動かすときは、水中に先(まづ)火入されは動かさず。p.469(ス)
◎水中に火降(クタリ)、睦む故に、臣君の命を受け、妻夫のために働く。p.469(ス)
◎昇水の灵の行の中に、水中の火灵、火水の灵と差別ある。p.469(ス)
◎暉く火のの灵起る。随て、昇る水のの灵の水起る。p.479カ)
の音は、昇水の灵にして、万物の初めを宰る。先に解か如く、動く物は水にして、動かしむる物は火なり。火の為に水動されて、始めて形を現して昇る。故に、今(いま)昇水の灵のの音に始也と有。p.479(シ)
◎万物の始めは皆(みな)水也。故に、昇水の灵のの音に、始め也と有。p.480(シ)
の音は、昇水の灵にして、終りの義なるか故に、死()也と有也。p.482(シ)
の音は、昇水の灵の始めをなすの音故に、オノレ也有。p.483(シ)
の音は、昇水の灵にして、初めソセスと水中に火與()みて、火の為に水今(いま)動き、進み昇りて、正しく割分らんとする音の故、幸也と有。是は、割分れんとする始め也。は正しく割分れのとき也と当知。顕云サイハイとはは割分こと。は息のこと。は発のこと。心は今近苦しみし息をサキワケ又息を発くを云如是して発解す。p.484(シ)
は昇水灵にして、進み昇り、割分んとする故に、司ると有。p.484(シ)
◎昇水灵は、ツカサなることと知るへし。p.484(シ)
は昇水の灵にして、水は能(よく)物を育つる用(はたらき)あり。火は物を損する物なり。草木の花を火の中に入るれは、惣(たちま)ちにしほむ。水に止むるときは、永く育つ。父の火、能(よく)息の本はなせとも、育つは母の水にあり。第一義、是也。故に、今は水灵の音のゆへに、育つなりとある。p.485(シ)
の音は昇水の灵にして、濁れるは降り、スメルは昇る音の故に、育(ソタツ)也とあり。p.486(シ)
◎昇水の灵の故に、出る水なることを知るへし。p.486(シ)
◎印(シルシ)とは形現れ明に定ることを云。是、形無きいき凝りて、水は明に形を現して、昇る音の故に、印し也と有。p.486(シ)
は昇水の灵にして、進み昇る音の故に、進(スヽム)也とある。p.487(シ)
◎形無き水の形(かた)ちを現して、進み昇り、其進み昇る昇水に、神灵宿りては、月夜見の尊となりて、四海を照す。たとえは、神灵備はらすとも、水河海に溢れ、天を回りて、万物を育つ。皆是、形現るゝの昇水の用(はたらき)也。これを茂(シゲル)ると云。p.487(シ)
◎形なす昇水は、火限(カキリ:火切)有。故に、空水は形無故に、かぎりをなさす。p.487(シ)
◎形現すの水は、水限なす故に、物に障へられて、舟に乗らされは渡られす。形現はすの水のゆゑ也。有所あり、無き所あり。p.487(シ)
の音は昇水の灵にして、形現はすの水故に、今シキリなりと有。上のは形現するの火なるか故に、火切(カキリ)也と有。今、此は、形現すの水なるか故に、水切(シキリ)也と有。p.488(シ)
は、都(すべ)て昇水の灵。ソセスシと水昇り進みて、の音は昇り極りて割別(キワカルゝ)也。統(すべ)て一切の物、進み極れは、さき分るゝもの也。一粒の籾、進み昇りて万倍となる。万物皆(みな)如此。元(もと)は一にして、進み昇れは割分るゝもの也。今、此の音は、昇水の極りの故に、割別るゝ也。細也。割分るゝの故也。p.488(サ)
◎誘(サソフ)とは、は割別(サキワカルゝ)こと。は揃(ソロフ)ことにして、躰は別にして有乍(ありながら)、セスシと昇る迄は、只(ただ)一にして別れぬに、今は其一に昇る水の、割分るゝの音也。しかれとも、割分るゝなれとも、揃(ソロ)ふて乱れす。是を、誘(サソ)と云。友を誘ふなとも、彼れと是と躰は別なれとも、揃へ行くを誘ふと云。如此、水は物を睦むの故に、割分るゝと云も、又離れすして誘ふ故に、さそふ水に有。小町の哥に、さそふ水あらはいなんとそ思ふ、と詠也なとは、能(よ)く詠得たる名哥也。今、昇水の灵のの音なる故に、誘ふ也と有。顕云。イサナフと云は、は息也。は割別(サキワカルゝ)こと。は双(ナラフ)こと。イサナヒイサナフと、ヒフの活用(はたらき)にて省け、割別れたる息をならへると云ことにて、他人とならふと云ふことにて、誘(サソフ)なり。p.489(サ)
行は、昇水の灵にして、背(うし)ろを宰りて母の灵也。故に、育つの義をなす。上のの音に、育つ也と有。p.504(ト)


火の
は暉火の灵にして、重く強き也。p.398(ヱ)
は暉火の灵にして、即(すなはち)火也。p.413(ハ)
は暉火の灵にして、火の昇る灵。p.413(ハ)
は暉火の灵にして、きれきれになること。p.413(ハ)
は暉火の灵にして、火盛に昇り極る。p.433(ヤ)
行の暉火の灵、中に影の火の灵有。p.469(ス)
の音は、暉く火灵にして、暉は是(これ)火の用(はたらき)にして、正き火の躰は暉くものに非す。影は、是(これ)正しき躰に非す。用(はたらき)なるか故に、暉く火の灵の、の音に影也と有。惣(すべ)て此一行(カ行)は、皆(みな)暉火灵也。p.475(カ)
◎暉火は躰より別(ワ)れたる火の用(はたらき)の影(ケ)。p.475(カ)
は暉火灵にして、陽の昇る相(すがた)也。p.476(カ)
の音は、暉く火にして、昇ることなれとも、かゝやくと迄はいはるれとも、昇るとは云はす。たかき也とあれとも、司とはなし。p.485(シ)
の音は、暉く火の灵にして明らかなるを、クロキ也、クラキ也なとゝ有。法則(のり)を知らさる人は、知り難きことなれとも、火の暉く用をなすは、火凝りてるの最上也。石中より火の出るも、余に合せて凝故に、暉き出る。顕云。此説取に足らす。秋になり、陽の氣、陰中に褐るか故に、かゝやく。是を、稲妻と云。如此、火はこり凝るか故に、暉くの用(はたらき)をなす。今、クロとは、物に與みるの理(ことはり)なるか故に、暉く火灵のの音に、クロキ也と有也と思ふて知へし。p.476(カ)
は暉火灵にして、陽の昇る相(すが)た也。陽の昇るときは大きく、潜まるときは少(チヒサ)し。例せは、火昇りては、百丈の殿舎も一時に滅す。潜まるときは、爈中に埋みて、掌を以(もて)覆ふ。今、は暉く火の灵にして、火の昇る音也。故に、大(オホヒ)也と有。p.476(カ)
は、暉く火の灵にして、火の用(はたらき)也。火の躰には非。火の躰は形なく、又暉くものに非す。其かゝやかさる火の躰に、うごき違ふて水に與みて、暉くの音故に、疑(ウタカヒ)也と有。p.477(カ)
は暉く火の灵にして、古事記神代の巻の、天照大神也。は月読の尊にして、是(これ)を地神の部に入(いれ)、形をなし、初にして終りをなす。隠身(シヲ)在(まします)天神の如くには非。形をなす物は、必(かならず)初め有。又、終り有。朝 東に暉て、夕べに西へ入。是(これ)、形有の相(すがた)也。故に、今(いま)形顕すの、暉火灵の音に限ると也と有。p.477(カ)
は暉の火にして、木のことを云と知るへし。木は火のいきの形。今、此の音は、形無き火の形を現(あらは)したる木にして、暉(かがや)く火のの音に、草也と有。松なとを、草と云ときの草()也。タマハヾキ、是も亦(また)松のこと也。p.478(カ)
◎暉く火のの灵起る。随て、昇る水のの灵の水起る。p.479(カ)
カサヽキは暉火灵にして、火にさきさきて、幸(サイハイ)をなすと云語也。日出れは光り暉き、天地万物の差別を分て、照して、幸(サイハイ)をすると云語也。p.484(シ)


神社


記事更新日:2026/09/16

水穂伝附言(水穂伝まえがき)

22110048

水穂伝附言

p.6
〇皇国(ミクニ)は、原(モト)より文字ちふものなく、言灵(コトタマ)の佐国(タスクルクニ)にして、五十連(イツラ)十行の形仮名(カタカナ)は神代の御書(ミフミ)なり。是をもて、天地及万物の初発(ハジマリ)を知て、一として足はすといふことなし。然るに、人皇十六代、応神天皇の御宇、百済(クタラ)より王仁(ワニ)来て多(さは)の書籍(フミ)を奉(たてまつる)。それより、漢(カラ)国の学代々に行れける。時に人皇四十代、天武天皇の朝、神代の旧辞(フルコト)既に滅(ホロヒム)ことを潭憂(フカクウレヒ)給、稗田阿礼(ヒエタノアレ)に二十八歳の時詔(ミコトノリ)ありて(丹波国桑田郡上佐伯(サイキ)邑御灵大明神在下佐伯邑稗田八幡宮在例年七月十四日祭礼従禁裏御献燈在之)、天皇大御口(オホミクチ)つから御教置かれ給けるを、人皇四十三代、元明天皇の朝に至て、和銅四年太(フトノ)朝臣安万侶(ヤスマロ)に詔命(ミコトノリ)ありて、阿礼が覚たる神代の御伝を文字に記させ(阿礼六十六歳)、古事記と号(ナツケ)、皇国の大道(ミチ)を残置れ給ふ。(古事記は和銅四年九月詔命ありて同五年正月奉なり山城国稲荷神は四年二月の出現なり玆(ここ)をもて考るに稲荷の古伝と唱るものは阿礼の伝の残れるにや)。既に柿本人麻呂の歌に、(万葉集長歌略)志貴嶋倭国者事灵之所佐国叙真福與具(シキシマノヤマトノクニハコトタマノタスクルクニゾマサキクアレコソ)と共に、神代の正言(マサコト)失果(ウシナヘハテ)むことを惜(ヲシマ)るゝといへとも、事灵(コトタマ)の学は神の御伝にして凡人(タタヒト)の耳に入こと難く、文字の学は人の学として凡人(タタヒト)の眼に入こと易く、人の学に於て文字ほと易はなし。故に、人の代々移変(ウツリカハル)天地の自(おのづから)にして、何時(イツシカ)文字に眼移(マウツリ)して、源を捨(ステ)て流に染(ソミ)、言灵(コトタマ)の学は踈(オロソカ)になり、寛弘(クワンコウ)長和の頃まては(凡八百年余)行れしこと明なり。

p.7
夫(それ)より後に至ては知れる人も稀(マレ)にて、竟(ツヒ)には幾百年の間知れる人もなくなりにたり。然るに享保(1816年~1736年)の頃(凡百ヽ年)、荷田東麻呂(カタノアツママロ)ノ翁神代の言灵稲荷の古伝に在ことを、社務(シャム)親友(チカトモ)卿の伝によりて説れしといへとも、いまた時の至らさるにや、其学の潭(フカキ)を継(ツク)人なく、今の代となりては言灵の名のみ有て其法則(ノリ)を知れる人もなく(今の人言灵と唱るものは異説にして僻ことなり)、次第に俗学になれて、只(タヽ)博(ヒロク)書籍(フミ)をのみ見て、法則もなく彼方(カナタ)の詞と此方(コナタ)の詞を見合て憶度(オシカリ)に解(とき)、文字にはよらずと云つゝも、文字より外拠(ヨリトコロ)なければ、他(ヒト)の国の文字吾国の文字のことくになり、吾国の詞は他(ヒト)の国の詞の如になり、𪫧憐掛麻久母阿夜爾畏伎(アハレカケマクモアヤニカシコキ)神代の御伝隠(カクロヒ)たるにや。然るに享保(1816年~1736年)の頃(凡百ヽ年)、荷田東麻呂(カタノアツママロ)ノ翁神代の言灵稲荷の古伝に在ことを、社務(シャム)親友(チカトモ)卿の伝によりて説れしといへとも、いまた時の至らさるにや、其学の潭(フカキ)を継(ツク)人なく、今の代となりては言灵の名のみ有て其法則(ノリ)を知れる人もなく(今の人言灵と唱るものは異説にして僻ことなり)、次第に俗学になれて、只(タヽ)博(ヒロク)書籍(フミ)をのみ見て、法則もなく彼方(カナタ)の詞と此方(コナタ)の詞を見合て憶度(オシカリ)に解(とき)、文字にはよらずと云つゝも、文字より外拠(ヨリトコロ)なければ、他(ヒト)の国の文字吾国の文字のことくになり、吾国の詞は他(ヒト)の国の詞の如になり、𪫧憐掛麻久母阿夜爾畏伎(アハレカケマクモアヤニカシコキ)神代の御伝隠(カクロヒ)たるにや。茲(ここ)に己(オノレ)末の代に生て、常に吾言(モノイフ)ことの本をも知らすして過行(スキユク)ことをかなしみ、若かりし頃より思悩(ナヤム)といへとも、ながれを置て何の渚(ナギサ)にかよらむ。かゝるに、吾家に古(フルク)より伝(ツタハリ)て、布斗麻邇の御灵(フトマニのミタマ)と云伝るもの有て、小社(ホコラ)の内に祭る。此御灵(ミタマ)、五十連(イツラ)の十行を記(シルシ)たるものにして、ことの心も別難(ワキカタ)かりけり。然はあれとも、古今(イニシヘ)の言葉をかき集、博(ヒロク)天地の万物に合て、古事記神代(コジキノカミヨ)の巻に照(テラシ)て見て、三十年余(ミソヂアマリ)にして、竟(ツヒ)に布斗麻邇(フトマニ)の御灵は水火(イキ)の御伝(ミツタヘ)にして、形仮名(カタカナ)は神の御名ことより現(アラハ)るゝことをさとりて、曙漸白(アケホノヤウヤク)して、樹々の言葉(コトノハ)も文分頃(アヤワカルコロ)、文化十二年長月の末、荷田訓之(カタノノリユキ、下総国古河産)吾庵を尋来て古伝なるものを授(サツク)。然して、を其伝の余れる省(ハフキ)、足(タラ)ざるを補ひ、旦夕(アシタユフベ)に努(ツトメ)て御灵の灵なることを悟(サトル)。

p.8

〇皇国(ミクニ)の学は、万物一に止(トトマル)ことを原(モト)とす。故に、天地初発(アメツチノハジマリ)に一の凝(コリ)をなし、其凝(コリ)より火水(ヒミツ)の二ツに別て、火を父と云、水を母といふ。其父の火灵(カタマ)と母の水灵(ミタマ)と與(クミ)て、亦一ツの凝(コリ)をなす。其父の火灵(カタマ)と母の水灵(ミタマ)と與(クミ)て、亦一ツの凝(コリ)をなす。其凝の重(オモク)濁(ニゴリ)たるは形となり、軽(カルク)澄(スミ)たるものは息となり、其息母胎(ホタイ)を出て高(タカク)現(アラハレ)たるを音(コヱ)と云。其音(コヱ)の五十連(イツラ)なるを言灵といふ(五十連の音に灵有て活用を云)。其言々に幸(サキ)有、佐(タスケ)有、火水(ヒミツ)有。是を與(クミ)て詞をなす。然はあれとも、詞は音(コヱ)のみにして眼(メ)に見ること難(かたし)。そを眼に見するものを形仮名といふ。其形仮名をもて五十連の十行を記(しるす)。火水(ヒミツ)の言(コト)々を與(クミ)開(ヒラキ)、躰(タイ)用(ヨウ)軽(ケイ)重(チウ)清濁等の法則をもて、詞の本を明にし、天地の水火(イキ)と人間(ヒト)の水火(イキ)と同一なることを知りて、家国を治の本は己(オノ)が呼吸(コキフ)の息にあることを知る。博(ヒロク)天地のことわりを知むと欲せば、近は己か水火(イキ)を知にあり。是ぞ神国の教なる。既に古事記の神代(カミヨ)の巻と唱るも、火水與(カミヨ、イキクム)の巻と云義にして、天地の水火(イキ)を與(クミ)て万物を生し、人間(ヒト)の水火(イキ)を與(クミ)て言(モノイフ)ことの御伝(ミツタヘ)なり。

〇天地の間に眼に見えざるの火水(ヒミツ)あり。是を火水(カミ)といふ。水火(イキ)ともいふ。神(カミ)と唱(トナフ)るは躰(タイ)にして、水火(イキ)と唱るは用(ヨウ)なり。故に、陰陽(イキ)と陰陽(イキ)と與(クミ)て万物を産(ウム)なり。

〇人間(ヒト)の胎内(タイナイ)に火水(ヒミツ)あり。是を灵水火(タマシヒ)といふ。氣(イキ)ともいふ。魂(タマシヒ)と唱るは躰にして、息(イキ)と唱るは用なり。故に、息と息と與(クミ)て言(モノイヒ)、氣(イキ)と氣(イキ)と與(クミ)て人を産むなり。

p.9
〇天地は水火(イキ、シホ)の凝(コリ)なり。故に、日月の運行(メクル)は天の呼吸(コキフ)なり。汐(シホ)の満干は地の呼吸なり。人も水火(イキ、シホ)の凝(コリ)なり。故に、人の呼吸は波の列(ツラナル)に同(おなじ)。波もよする時に音(オト)をなして、引時に音(オト)なし。人も出息は音(コヱ)をなして、引息に音(コヱ)なし。人則(すなはち)小天地なり。

〇実(マコト)の火は象(カタチ)なし。是を火の躰(タイ)といふ。象を見する時は火中に水有。故に燃(モユル)。是を火の活用(ハタラキ)といふ。実の水は象なし。是を水の躰といふ。象を見する時は水中に火有。故に流(ナガル)。是を火の活用といふ。

〇火は躰にして水を動す。水は用にして火に動さるゝ。火は動すして音(コヱ)なし。水は動て音(コヱ)をなす。総て動さるものは火にして、動ものは水なり。故に、水に名をなすと云とも、動さるときは火なり。火に名をなすと云とも、動ときは水なり。譬(タトヘ)ていはゞ、水氣(ミキ)は水の名なり。火垂(ヒタリ)は火の名なり。然といへとも、右の手をもて左を打ときは、右の水は火となり、左の火は水となりて音(オト)をなす。亦云、木は水なり。鐘(カ子)は火なり。木をもて鐘を打ときは、鐘(カ子)は水となりて音(オト)をなし、鐘をもて木を打つときは、木は本の水となりて音(オト)をなす。火水躰用(ヒミツタイヨウ)は活物(クワツブツ)にして相対して動。天地の水火(イキ)回(めぐる)ことかくのことし。

p.10
《凡例》
〇此書は、布斗麻邇(フトマニ)の御灵をもて、神代の旧辞(フルコト)を解分(トキワクル)の法則を詳(ツマヒラカ)にす。五十連の十行は、所謂(イハユル)神代の経学(ケイカク)なり。尋常(ヨノツ子)の書籍(フミ)とは異なり。神の御心と人の心とは隔(ヘタタル)の故なり。後世に及ては、神代の御典(ミフミ)を解に、人間形勢(アリサマ)の如にいふ、辟(ヒガ)ことなり。天津(アマツ)神国津(クニツ)神の差別(ケチメ)あり。然るに、人間形勢(アリサマ)のことくに書(カキ)たる書(フミ)を見馴(ミナレ)たる心には、染かたかるへし。暫(シハラク)草垣葉(クサノカキハ)も言止(コトヤメ)て、慇懃(子モゴロ)に見給はらば、老翁(ヲヂ)が幸(サイハヒ)ならむ。

〇文字なき時の学なれば、更に文字によるなし。書籍(フミ)なき時のまなびなれば、更に引書なし。只(ただ)布斗麻邇(フトマニ)の御灵に卜相(ウラベ)て、五十連十行の形仮名をもて解分(ときわくる)なり。

〇文字なき時のをしへなれば、文字もて書得(カキエ)かたきことあり。そは多は形をもていふ。亦、文字も多は義訓を用。或は水火(イキ)、火水(カミ)、火水(ホシ)、水火(シホ)、日月(イキ)、陰陽(イキ)なとの類、皆其義によるの訓なり。

〇五十連(イツラ)は、天地自然(オノツカラ)の音(コヱ)にして、神の灵(レイ)なり。故に、儒仏は更なり、一天四海にわたりて、道といふ道に響(ヒビ)かすといふことなし。則、日月(カミ)の学なればなり。天より見(みる)かのことく、天より聞(きく)かことし。故に彼(カレ)に暗(クラク)して、此(コレ)に明(アキラカ)なりと差別(シャベツ)をいはす。

〇古事記深秘(シンヒ)の伝は、別に火水與伝(カミヨノツタヘ)といふ一書をもていふ。此巻中に其(ソノ)断(コトワリ)有は則是なり。

〇巻中総て和漢(ワカン)を交(マジヘ)て、文の抽(ツタナキ)をいとはす。そは只(タタ)他(ヒト)の読易(ヨミヤス)からむことを専(モハラ)とするの故なり。見る人の察(さっし)給(たま)ふへし。
(山口志道「言霊秘書」p.6-10)


* * * * * * * * * *


皇国の学(1)
◎皇国(ミクニ)は、原(モト)より文字ちふものなく、言灵(コトタマ)の佐国(タスクルクニ)にして、五十連(イツラ)十行の形仮名(カタカナ)は神代の御書(ミフミ)なり。是をもて、天地及万物の初発(ハジマリ)を知て、一として足はすといふことなし。

◎布斗麻邇(フトマニ)の御灵は水火(イキ)の御伝(ミツタヘ)にして、形仮名(カタカナ)は神の御名ことより現(アラハ)るゝことを悟(サトル)。


皇国の学(2)

◎皇国(ミクニ)の学は、万物一に止(トトマル)ことを原(モト)とす。
 ・天地初発(アメツチノハジマリ)に一の凝(コリ)をなす。(ホチ)

◎その凝(コリ)より火水(ヒミツ)の二ツに別つ。(フタツ)
 ・火を父といふ。
 ・水を母といふ。

◎父の火灵(カタマ)と母の水灵(ミタマ)と與(クミ)て、亦一ツの凝(コリ)をなす。
 ・凝の重(オモク)濁(ニゴリ)たるはとなる。
 ・凝の軽(カルク)澄(スミ)たるものはとなる。

◎その息母胎(ホタイ)を出て高(タカク)現(アラハレ)たるを音(コヱ)という。
 ・その音(コヱ)の五十連(イツラ)なるを言灵といふ。(五十連の音に灵有て活用を云)。

◎言々は、三つを與(クミ)て詞をなす。
 ・幸(サキ)有
 ・佐(サスケ)有
 ・火水(ヒミツ)有

◎詞は音(コヱ)のみにして眼(メ)に見ること難(かたし)。
 ・眼に見するものを形仮名(カタカナ)といふ。
 ・形仮名をもて五十連の十行を記(しるす)。

◎火水(ヒミツ)の言(コト)々を與(クミ)開(ヒラキ)、躰(タイ)用(ヨウ)軽(ケイ)重(チウ)清濁等の法則をもて、詞の本を明にし、天地の水火(イキ)を人間(ヒト)の水火(イキ)と同一なることを知りて、家国を治の本は己(オノ)が呼吸(コキフ)の息にあることを知る。

◎博(ヒロク)天地のことわりを知ると欲せば、近は己か水火(イキ)を知にあり。是ぞ神国の教なる。既に古事記の神代(カミヨ)の巻と唱るも、火水與(カミヨ、イキクム)の巻と云義にして、天地の水火(イキ)を與(クミ)て万物を生し、人間(ヒト)の水火(イキ)を與(クミ)て言(モノイフ)ことの御伝(ミツタヘ)なり。


皇国の学(その3)
◎天地の間に眼に見えざるの火水(ヒミツ)あり。
 ・これを、火水(カミ)といふ。水火(イキ)ともいふ。
 ・神(カミ)と唱(トナフ)るは躰(タイ)、水火(イキ)と唱るは用(ヨウ)。
 ・故に、陰陽(イキ)と陰陽(イキ)と與(クミ)て万物を産(ウム)。


皇国の学(その4)

◎人間(ヒト)の胎内(タイナイ)に火水(ヒミツ)あり。
 ・これを、灵水火(タマシヒ)といふ。氣(イキ)ともいふ。
 ・魂(タマシヒ)と唱るは躰にして、息(イキ)と唱るは用なり。
 ・故に、息と息と與(クミ)て言(モノイヒ)、氣(イキ)と氣(イキ)と與(クミ)て人を産む。


皇国の学(その5)

◎天地は水火(イキ、シホ)の凝(コリ)なり。
 ・故に、日月の運行(メクル)は天の呼吸(コキフ)なり。
 ・汐(シホ)の満干は地の呼吸なり。
 ・人も水火(イキ、シホ)の凝(コリ)なり。
 ・故に、人の呼吸は波の列(ツラナル)に同じ。
 ・波もよする時に音(オト)をなして、引時に音(オト)なし。
 ・人も出息は音(コヱ)をなして、引息に音(コヱ)なし。人則(すなはち)小天地なり。


皇国の学(その6)

◎(マコト)の火は象(カタチ)なし。是を火の躰(タイ)といふ。象(カタチ)を見する時は火中に水有。故に燃(モユル)。是を火の活用(ハタラキ)といふ。

◎実(マコト)の水は象(カタチ)なし。是を水の躰(タイ)といふ。象(カタチ)を見する時は水中に火有。故に流(ナカル)。是を水の活用(ハタラキ)といふ。


皇国の学(その6)

◎火水・躰用・右左
 ・火は躰にして水を動す。水は用にして火に動さるゝ。
 ・火は動すして音(コヱ)なし。水は動て音(コヱ)をなす。
 ・総て動さるものは火にして、動ものは水なり。
 ・故に、水に名をなすと云とも、動さるときは火なり。
 ・火に名をなすと云とも、動ときは水なり。
 ・譬(タトヘ)ていはゞ、水氣(ミキ)は水の名なり。火垂(ヒタリ)は火の名なり。


皇国の学(その7)

◎火水躰用(ヒミツタイヨウ)は活物(クワツブツ)にして相対して動。
 ・天地の水火(イキ)回(めぐる)ことかくのことし。

◎右の手をもて左を打つとき、右の水は火となり、左の火は水となりて音(オト)をなす。

◎木は水なり。鐘(カ子)は火なり。
 ・木をもて鐘を打つときは、鐘(カ子)は水となりて音(オト)をなし、
 ・鐘をもて木を打つときは、木は本の水となりて音(オト)をなす。


《凡例》
※省略


* * * * * * * * * *


水穂伝(岡本天明口語訳より)

〇皇国(みくに)はもとより文字というものなく、言灵(ことたま)の佐国(たすくるくに)にして「五十連(いつら)十行」の形仮名(かたかな)は神代の御書(みふみ)なり。

この御神書をもちて、天地及び万物の初発(はじまり)を知りて一として足わずということなし。

然るに人皇十六代、応神天皇の御宇、百済(くだら)より王仁(わに)来りて多くの書籍を奉り、それより漢国(からくに)の学、代々に行われたる時に、人皇四十代、天武天皇の朝、神代の旧辞(ふること)、既に滅びんことを潭(ふか)く憂いたまい、稗田ノ阿礼に天皇大御口(おおみみくち)ずから御教えおかれ給えるを、人皇四十三代、元明天皇の朝に至りて、和銅四年、太(ふとの)朝臣安万侶(やすまろ)に詔命(みことのり)ありて、阿礼が覚えたる神代の御伝を文字に記させ、「古事記」(ふることみふみ)と号(なづ)けて、皇国の大道(みち)を残しおかれ給う。

既に柿本人麿の歌に志貴島倭国者事霊之所佐国叙真福与具(しきしまのやまとのくにはことたまのたすくるくにぞまさきくあれこそ)」と共に、神代の正言(まさこと)失い果てんことを惜まるるといえども、事灵の学は神の御伝にして凡人(ただひと)の耳に入ること難く、文字の学は人の学にして凡人の眼に入ること易く、人の学に於て文字ほど易きはなし。

故に、人の代々移り変る天地の自(おのづか)らにして何時か文字に眼うつりて、その源をすて、流れに染み、言灵の学は踈(おろそか)になり、寛弘(1004-1012)、長和(1012-1017)ころまでは行われて明かなるも、後に至りて知れる人も稀にて、竟には幾百年の間、知れる人もなくなりにけり。

然るに、享保の頃、荷田東麻呂(かだのあずままろ)翁、神代の言灵「稲荷の古伝」にあることを社務親友(ちかとも)卿の伝によりて説かれしといえども、いまだ時の至らざるにや、その学の潭(ふか)きを継ぐ人なく、今の代となりては言灵の名のみありて、その法則を知る人もなく(今の人、言灵を唱うるも、そは異説なり)、次第に俗学になれて、只博く書籍をのみ見て、法則もなく、彼方の詞と此方の詞を見合せて憶度(おしはかり)に解き、文字より外に拠(よりどころ)なければ、他の国の文字がわが国の文字の如くなり。わが国の詞は他の国の詞の如くなり、可憐(あわれ)掛麻久母阿夜爾畏伎(かけまくもあやにかしこき)「神代の御伝」は(かくろ)いたまいたるにや。

茲(ここ)に己(おのれ)、末の世に生きて常にわが言(ものいう)ことの本をも知らずして過ぎ行くをばかなしみ、若かりし頃より、思い悩むといえども、ながれをおきて何の渚(なぎさ)にかよらむ。かかるに、吾家に古くよりて「布斗麻邇之御灵」(ふとまにのみたま)と言う御伝ありて、小社の内に祭る。この御伝の御灵は「五十連(いつら)の十行」を記したるものにして、ことの心も別け難かりけり、然はあれども古今の言葉をかき集め、博く天地の万物に合せて、古事記神代巻に照し見て、三十年余にして竟に「布斗麻邇の御灵は水火(いき)の御伝」にして「形仮名(かたかな)は神の御名」ことより現わるることをさとりぬ。かくて、曙ようやく白くして樹々の言葉(ことのは)も文分(あやわか)る頃、文化十二年長月の末にいたり、下総の荷田訓之(のりゆき)大人、吾庵を尋ね来て「古伝」なるものを授けたり。

然してその「古伝」と「布斗麻邇の御灵」と合せて、その余れるを省き、足らざるを補い、更に日夕研究に研究を重ね、これ努めて御灵の真灵(またま)なることを悟りたり。

〇皇国の学は万物一に止ることを原(もと)とす。故に天地初発(あめつちのはじめ)に一の凝(こり)をなし、其凝より火水(ひみつ)の二つに分れて、火を父といい、水を母という。その父の火灵(かたま)と母の水灵(みたま)を与(く)みて亦一つの凝(こり)をなす、その凝の重く濁りたるは「形」となり、軽く澄みたるは「息」となる。その息、母胎を出て高く現れたるを「音」(こゑ)という。その音の五十連なるを「言灵」という(五十音に灵ありてその活用(はたらき)をいう)。その言々に幸(さき)あり、佐(たすけ)あり、火水(ひみづ)あり、これを与(く)みて詞(ことば)となす。然はあれども、詞は音のみにして眼に見ること難かるを、眼に見するものを「形仮名」という。その形仮名もて五十連の十行を記し、火水の言々を与み開き、体用、軽重、清濁等の法則をもて詞の本を明にし、天地の水火(イキ)と人間(ひと)の水火(イキ)と同一なることを知りて、家国を治むるの本は己が呼吸の息にあることを知る。博く天地のことわりを知らんと欲せば、近くは己が水火(イキ)を知にあり、是ぞ神国の教なる。既に、古事記の神代(かみよ)の巻と唱うるも「火水與」(かみよ)の巻という義にして、天地の水火(イキ)を与みて万物を生じ、人間(ひと)の水火(イキ)を与みて言(ものいう)ことの御伝なり。

〇天地の間に眼に見えざるの火水(ひみづ)あり、これを火水(カミ)という。水火(イキ)ともいう。神と唱うるは体(たい)にして、水火(イキ)と唱うるは用(よう)なり。故に、「陰陽」(いき)と「陰陽」を与みて万物を産むなり。

〇人の胎内に火水(ひみつ)あり。是を「灵水火」(たましひ)という。気(いき)ともいう。魂と唱うるは体にして、息と唱うるは用なり。故に息と息と与みて言(ものい)い、気と気と与みて人を産むなり。

〇天地は水火(いき)の凝なり。故に日月の運行(めぐる)は、天の呼吸なり、汐の満干は地の呼吸なり。人も水火(いき)の凝なり。故、人の呼吸は波の列(つらなる)に同じ、波もよするときは音をなして、引くときは音なし。人も出息は音(こゑ)をなして、引息に音(こゑ)なし。人則ち小天地なり。実(まこと)の火は象(かたち)なし。これを火の体という。象を見るときは火中に水あり。故に燃ゆるなり。これを火の活用という。実の水は象なし。これを水の体という。象を見るときは水中に火あり。故に流るるなり。これを火の活用という。

〇火は体にして水を動かす。水は用にして火に動かさる。火は動かずして音(こゑ)なし。水は動きて音(こゑ)をなす。総て動かざるものは火にして、動くものは水なり。故に水に名をなすというも、動かざるときは火なり。火に名をなすというも、動くときは水なり。譬えて言わば、水気(みき・右)は水の名なり。火垂(ひたり・左)は火の名なり。然は言えども右の手をもて左を打つ時は、右の水は火となり、左の火は水となりて音(おと)をなす。亦曰、木は水なり、鐘は火なり。木をもって鐘を打つ時は、鐘は水となりて音(おと)をなし、鐘をもって木を打つときは、木は本の水となりて音(おと)をなす。火水(ひみつ)躰用は「活物」(いきもの)にして相対して動く。天地の水火(いき)回(めぐ)ること、かくの如し。

《凡例》
〇この書は「布斗麻邇之御灵」(ふとまにのみたま)をもって神代の旧辞(ふること)を解き分くるの法則を詳(つまびらか)にす。

〇五十連の十行は所謂「神代の経学」なり、尋常(よのつね)の書籍とは異なり、神の御心と人の心とは隔りあるの故なり、後世に及びては神代の御典(みふみ)を解き、人間の形勢(ありさま)の如くに云うは僻(ひが)ことなり。

〇天津神、国津神の差別(けじめ)あり。然るに人間の形勢(ありさま)の如くに書きたる書を見馴れたる心には、染み難かるべし。しばらく草の垣葉も言止(ことやめ)て、ねんごろに見給わば老翁が幸ならむ。

〇文字なき時の学なれば、更に文字によるなし。書籍なき時の学なれば、更に引書なし。只(ただ)、布斗麻邇の御灵に卜相(うらえ)て、五十連十行の形仮名をもって解き分くるなり。

〇文字なき時の教えなれば、文字をもって書き得がたきことあり。そは多くは形をもって云うなり。亦、文字も多は義訓を用い、或は、水火(いき)、火水(かみ)、火水(ほし)、水火(しほ)、日月(いき)、陰陽(いき)などの類は皆その義によるなり。

〇五十連は、天地自然の音(こゑ)にして神の灵なり、故に儒仏は更なり、一天四海に亘りて道という道は響かずということなし。則ち日月(かみ)の学なればなり。天より見る如く、天より聞く如し。故に彼は暗くして、これは明かなりと差別を云わず。

※※※

〇古事記深秘の伝は、別に「火水與伝」(かみよのつたえ)と云う一書をもて云う。此巻中にその断(ことわり)あるは則ちこれなり。

※訳者曰:「火水与伝」は古事記神代巻の天地の気(いき)のひらき及び神の御名により、その御形により形仮名が自然と現わるることを詳述したる秘書なり。草稿のみにて遂に出版に到りしを聞かず、写本として千葉県下…志道大人は安房国吉尾村の産なり…にある筈なり。

〇亦、巻中総て和漢(わかん)を交えて、文の拙をいとわず、そはただ他の読み易からんことを専らとするの故なり。見る人察し給うべし。

〇この書は、天保二年正月、丹州亀山、福井清秀主の許に筆を始めて、同四年正月、京都因幡堂西坊に於て一より六の巻に到りて書き畢る。

杉庵 山口志道しるす。



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記事更新日:2025/12/19
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