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ユニバーサルマインドは、株式会社ノウイングのインストラクター中島志保が運営する叡智のスクールです

タグ:覚醒

私たちは、まだ覚醒していないときは、「ミクロの視点」で生きています。すなわち、次に何が起きるかということを知らず、一刻一刻、そして一日一日を、ひとつひとつ手探りをするように歩んでいきます。

例えば、ある若い男性が、自分の職業について、医者になろうか、起業家になろうかと迷い、医者になることを選んだとします。しかしそれは、その時に「選択」したわけではありません。その男性が医者になるということは、最初から自分の人生のライムラインに組み込まれていたものであり、迷った末に選択したものではありません。

私たちは本当は何も選択していないのです。すべては最初から決まっているのです。

私たちは、覚醒すると、何かを選択するということはなくなります。なぜなら、ひとつひとつの出来事から何かを発見したり学んだりするプロセスが終わり、物事を選択する必要がなくなるからです。

自分の目の前に起こることは、自分の内面にあるものが外側に具現化したものであり、それは単なるレスポンスに過ぎません。そういったことを完全に理解した状態で、「今」というこの瞬間だけを観察していく人生になります。

タイムライン

自分自身に覚醒が訪れるまでは、この世界は、まさに「自分を映す鏡」です。なぜなら、自分の外側で起きていることは、自分の内側にあるものが表出したものだからです。ですから、自分の外側で繰り広げられている現実は、それそのものがすべて、「私は誰か?」ということを探究する素晴らしいツールとなります。

私たちは、地球という舞台における、ドラマの登場人物であり、またドラマ自身です。ですから、望ましい結果を得るために、このドラマの要素をどのように操作したらよいのかを学んでいるのです。『このような行動を取ったら、このような結果になった』とか、『あのような行動を取ったら、あのような結果になった』とか。このようにして、私たちは、日々、勝ち負けのあるゲームで、一生懸命、成功しようとしています。

このゲームから抜け出すことができれば、私たちは、真にクリエイティブでパワフルな人生を送ることができ、その先に覚醒がおとずれます。

迷路


人間の集合意識には、「苦しみを体験することによって楽しみを味わう」といったパターンがあります。

例えば、「仕事をしたあとのビールは美味しい!」という人がいます。あるいは、1週間のうち5日間働くことによって土日の休日に解放感を感じる人もいます。このように、私たちは普段、苦しいことを体験することによって、その反対側にある楽しいことを感じようとします。

私たちは、この地球で、まるで数学の方程式のように、片側が、等号の反対側の式の正しさを証明するというような「二元的な体験」をしています。このような生き方をしているあいだは、常に、喜びのあとには苦しみがおとずれ、成功のあとには失敗がおとずれるといった展開があります。

私たちは、覚醒するまで、この「二元的な体験」を何度も何度も繰り返します。そして、「負」の体験を通して、そこからいくつもの発見をし、自分の中に不足していると思い込んでいる意識の部分を少しずつ進化させていきます。ですから、私たちは、二元における「正」の部分を求めて、多大なエネルギーを費やしているのです。

覚醒したあとは、至高体験から至高体験へと移動するような人生へと切り替わります。そこではもう、二元的な体験、すなわち、「楽しみや苦しみ」、「成功や失敗」といったものは、形としては現れません。人生という旅の焦点は、「結果」ではなく「原因」のみに絞られていますので、『いま自分がやっていることは正しいのか?』とか『いま自分がやっていることはうまくいくのか?』といったことはいっさい考えなくなります。人生がゲームではなくなるのです。

この段階になると、意識は、創造すること、そして、永遠なるものへと向けられます。

青空

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