人間の集合意識には、「苦しみを体験することによって楽しみを味わう」といったパターンがあります。

例えば、「仕事をしたあとのビールは美味しい!」という人がいます。あるいは、1週間のうち5日間働くことによって土日の休日に解放感を感じる人もいます。このように、私たちは普段、苦しいことを体験することによって、その反対側にある楽しいことを感じようとします。

私たちは、この地球で、まるで数学の方程式のように、片側が、等号の反対側の式の正しさを証明するというような「二元的な体験」をしています。このような生き方をしているあいだは、常に、喜びのあとには苦しみがおとずれ、成功のあとには失敗がおとずれるといった展開があります。

私たちは、覚醒するまで、この「二元的な体験」を何度も何度も繰り返します。そして、「負」の体験を通して、そこからいくつもの発見をし、自分の中に不足していると思い込んでいる意識の部分を少しずつ進化させていきます。ですから、私たちは、二元における「正」の部分を求めて、多大なエネルギーを費やしているのです。

覚醒したあとは、至高体験から至高体験へと移動するような人生へと切り替わります。そこではもう、二元的な体験、すなわち、「楽しみや苦しみ」、「成功や失敗」といったものは、形としては現れません。人生という旅の焦点は、「結果」ではなく「原因」のみに絞られていますので、『いま自分がやっていることは正しいのか?』とか『いま自分がやっていることはうまくいくのか?』といったことはいっさい考えなくなります。人生がゲームではなくなるのです。

この段階になると、意識は、創造すること、そして、永遠なるものへと向けられます。

青空